ラサラス女神綺譚

第2話 エリザ

 

 

 わたくしは王都のすぐ西にあるミアプラキドスを治める、ベシェントリ家の長女として生まれました。ガウェイン様と初めてお会いしたのは、忘れもしませんわ、わたくしが 7 歳の頃、ガウェイン様が 14 歳でいらっしゃる時でした。金色に輝くおぐしを肩の上で切りそろえ、歩くたびに揺れてキラキラと煌いてらして・・・ませた子だとお思いになるでしょうが、わたくしその時からガウェイン様に心奪われておりましたのよ。
「ガウェインいるか?ちょっと話が・・・」
「あらアリア、御機嫌よう。どうなさいまして?」
  今この部屋に入ってきた女性、アリアと仰いますの。わたくしと同い年で、わたくしと同じ公爵家の長女ですのに、わたくしと違うところがたぁーーくさんある方なのです。
「ガウェインに大切な話があったんだけどさ。エリザ知らない?」
「ガウェイン様でしたら、つい先ほどヴィクトール様に連れられてお出になりましたわ」
 殿方のように 腰に手を当て、溜息。わたくしでしたらそのような真似、とても出来ませんわ。アリアの殿方のような言葉遣いだって、勿論無理。剣を振るうのも魔法を使うのも、逆立ちしたって出来ません。
「いつ戻ってくるか聞いた?」
「ええ、 15 分ほどでお戻りなると伺っております」
 でもわたくし、アリアの事、とっても好きなんですのよ。
「そっか、 15 分かー・・・一旦帰るのも微妙な時間だな・・・。」
「ねえ、アリア?」
  目が合っただけでそんなにビクつかないで下さいまし?それとも、もう感づいてしまったのかしら。
「いや、私、やっぱ一旦帰ってから来るから・・・」
「折角時間が空いたのでしたら、わたくしのお相手をして下さいませんこと?」
  手を掴んでおいて正解でしたわ。わたくしの方がアリアよりも20センチは身長が高いのに、アリアのお腹は男性よりも綺麗にバッキバキに割れていて、とても力じゃ敵いません。でも、アリアはわたくしのようなか弱い相手には力技で何かをするなんてなさらないんですもの。
「アラベル、あれ、持ってきて下さる?」
「い、いいからほんと!帰るから!」
「毎日毎日殿方と同じ制服では、あなたも飽きるでしょう?うふふ、わたくしガウェイン様にお願いして、あなたのドレスを作って頂いたの!」
「エリザ・・・その金は国民の懐から出てるんだよ・・・」
「問題ありませんわ!リヴァイ様なんかわたくしより乗り気でいらっしゃったのよ?」
「なんでそこでリヴァイの名前が出てくるんだよ!」
  あら、アリアったらわたくしが知らないとでも思ったのかしら。ああそうだわ、それと着付けの女官をもっと呼んでおかなくては。
「あなた達、内々の話で婚約なさったんでしょう?わたくしは全てお見通しですのよ?アラベル、女官をあと2、 3 人呼んで下さらない?ええ、ドレスはそこに置いておいてね」
「エリザ、その話誰から聞いた?」
「ガウェイン様からよ」
  あら、頭を抱えちゃったわ。そんなんじゃ、気にしてる小さな体がもーっと小さく見えましてよ?
「・・・ガウェインも知ってるのか・・・じゃあガウェインは誰から聞いたんだ?・・・いや、あいつら兄弟だもんなー本人から聞いてるか・・・」
  ・・・もしかしたら、悩んでいらっしゃるのかしら。だとしたら、ここはわたくしが後押ししてあげる場所じゃなくて?
「ほらアリア、立って?」
  何だかアリア、ぼーっとしてるから、この隙に脱がせちゃいましょうかしら。わたくし、嫌がるアリアを着せ替え人形にするのが大好きなんですの。だってアリア、お人形さんみたいにとっても可愛いじゃない?わたくし、このためだけに着脱のコツをアラベルに聞いて練習したんですの。おかげでホラ、もう脱がせちゃったわ。
「あのさエリザ、ガウェイン何か言ってた?」
「何か、ってどんなこと?」
「いや、その、・・・反対とか、賛成とか、・・・裏切ったとか・・・」
  このアリアの言葉、アリアの事をちゃんと知る前のわたくしでしたら、確実にアリアを恋敵として嫉妬していました。でも、アリアとガウェイン様の間には、そんな感情など全く存在しないと今ならはっきり申し上げられます。

 

 ガウェイン様とリヴァイ様の会話の中に「アリア」という名前が出だしたのは、わたくしが 12 歳の時だったでしょうか。当時ガウェイン様は 19 歳、リヴァイ様は 17 歳であらせられました。
  最初はどなたのことか分かりませんでしたけれど、すぐに「アリア」のことはわたくしも知ることになりました。数年前アルファルド帝国に攻め入られ、殺されたルクレール公爵家の長女。数年間向こうで過ごしたのち、命からがらこちらの国へ逃げ帰ってきたと。わたくしが同じ立場であったなら、きっと敵国に捕らえられた時点で全てを諦め、迷わずお父様とお母様の後を追ったことでしょう。それがアリアという少女は数ヶ月かけて、このラサラスの王城まで戻ってきた。更にその後女性の身で士官学校に入り、卒業と同時にかつての領土を奪い返した。とても信じられる話じゃありませんでしたわ。それと同時に、わたくしは彼女に強い興味を持つようになりました。わたくしと同い年でわたくしと同じ公爵家の娘でありながら、わたくしとは違って士官学校に入学し、わたくしとは違う殿方ばかりの世界に身を置くなんて、どんな子なのかしらと。
  ある日王子殿下お 2 人の会話の中にまたアリアの名前が出た折を見計らって、わたくしもお会いしてみたいと申し上げました。その頃にはアリアはガウェイン様の近衛隊に入隊してらしたけれど。
  ガウェイン様はいずれ会わないといけないからと快く引き受け、すぐにお会いすることが出来ました。
  話に聞くように、どんな屈強な男にも負けず、魔法の腕も剣の腕も国内随一・・・というのが真でしたら、きっとそれはそれは体も大きく殿方に引けを取らない見た目をお持ちなのでしょうね、と思っていたのですけれど、実際にガウェイン様の後ろから現れたのは、わたくしよりもひと回りもふた回りも小柄な少女。わたくし、思わず目を疑いましたわ。
  やはり、周りの方々が言っていたように、「戦乙女」として担ぎ上げられただけの少女なのかしら。でも、ガウェイン様はわざわざそんな事をする必要に迫られる程、お困りになっているようには見えないし・・・。と混乱していたところ、アリアは仰いましたの。「もしもこの場に敵兵が 10 人現れたとしても、私はあなた方に指一本触れさせることなく、敵を殲滅できます。」鈴がコロコロと鳴るようなとっても可愛らしい声をしているのに、自信たっぷりにそんな事仰るものだから、もうわたくし、びっくりしちゃったわ。でもガウェイン様も「この国で彼女に勝てる者はいないだろうね。複雑な心境だけど、僕も負けたのは事実。」と仰るし、リヴァイ様なんか「身長は俺たちの圧勝だけどね」なんてからかうし。
  それからはアリアが近衛隊ということもあって、ガウェイン様と一緒にお会いする機会が格段に増えたのですけれど、わたくしのお慕いするガウェイン様とアリア、とっても仲が良いみたい。ガウェイン様はアリアの事を信頼してらっしゃるからこそお傍に置いているのだろうし、アリアはアリアで何だかガウェイン様を見つめる目が違う。リヴァイ様を見つめる目と、全然違う。次第に打ち解けてくれたアリアはわたくしにも砕けた男言葉で接して下さるようにはなったものの、ガウェイン様とお話しする時はもっと砕けて、何だか、とっても楽しそう。これはまさか、と女の勘が警告を出し始めたわ。話の内容はいつも軍備増強の話や隣国の話が多くって、他の雑談も男女の会話というよりはむしろ男同士の会話に近いのですけれど、気を抜いては駄目、といつも自分に言い聞かせておりましたの。
  そんな中アリアは近衛隊から魔術総隊長に異動となり、しばらくしてわたくしとガウェイン様は正式に婚約いたしました。本当にアリアもガウェイン様のことを想ってらっしゃるのなら酷な事ですけれど、わたくしはどうしても確かめなくてはならなかった。だからその日、他のルートから婚約のことがアリアの耳に入る前に、わたくしはアリアの部屋を訪れました。
  突然の来訪に驚きながらも快く迎え入れて下さり、お茶を飲みながらわたくしは婚約のことをご報告しました。嫌な予感は的中して、アリアは信じられない、といった顔で驚いていました。すぐに笑顔になって「おめでとう」と仰って下さったものの、どうも顔が引きつってらっしゃる。わたくしはとっても後悔いたしました。折角仲良くなったこの勇ましい少女(同い年なのですけどね)、わたくしは好きだった。その友人を、一時のつまらない感情で悲しませてしまった。
  もちろん、ガウェイン様との婚約はわたくしには何よりも嬉しいことでしたし、アリアには申し訳ないけれど破棄するなんてこと頭にすらなかった。でも、アリアのあんな顔、自分勝手でしょうけど、わたくしは見たくなかった。
  次の日いてもたってもいられなくなって、リヴァイ様に相談いたしましたの(当事者のガウェイン様にはこんなこと相談できませんわ!)。リヴァイ様はリヴァイ様でアリアの事を気に入ってらっしゃるようでしたから、そのアリアが自分の兄を好きだなんて知らせてしまうのはどうかと思いましたが、わたくしには他の案が思いつきませんでした。リヴァイ様はいつもと変わらない考えの読めないような笑顔で任せておけと仰って下さって、数日後わたくしはその報告を聞きました。
  それが何とも笑える話で。なんでも、リヴァイ様が会いに行った時もアリアは元気がなくって、てっきりアリアがガウェイン様の事が好きで、失恋したから落ち込んでいると思ってらしたんですって。でも、「兄上の事は始めから叶わぬ恋だったんだ、忘れろ」って伝えたら、「はぁ?私がガウェインを?そんなわけないだろう!」って急に怒り出したんだとか。よくよく話を聞いてみたところ、アリアはわたくしの事が好きで、・・・もちろん友人としてですけれど、それでわたくしが殿方の所へ嫁いでしまう事が置いていかれる気がして、それで悲しかったんですって。
  わたくしが 1 人で暴走してリヴァイ様やアリアを巻き込んでしまったので、その後ガウェイン様も含めた 4 人で事の顛末を報告させられましたの。リヴァイ様はずーっと笑いっぱなしで、アリアはずーっと膨れっぱなし。ガウェイン様はいつもと変わらず優しく微笑んでいらっしゃいましたけれど。「ガウェインは私が命を賭して守るべき主(あるじ)であり、それ以上でもそれ以下でもない。今までもこれからも、それは絶対に変わらない。」そう仰るアリアはとっても男前で、思わず第 2 の夫にしたいくらいでしたわ。
 それから余談ですけれど、ぷりぷり怒ったままのアリアが帰ったあと、ガウェイン様がリヴァイ様に小声で「良かったな、これからはもっと攻めてみたらどうだ?」って囁いてらしたの、わたくしの耳にも届いてましてよ。

 

 そんな訳で、アリアはきっと一生独り身のまま、ガウェイン様をお守りするつもりだったのだろうと思います。だからこそ悩んでらっしゃるのでしょう。
「大丈夫でしてよ、アリア!それにあなたが結婚して下さらないと、わたくし不安で子どもも安心して生めませんわ」
  ガウェイン様と結婚して 4 年、なかなか子が出来なかったのもアリアのせいにしちゃおうかしら。あら、何この胸の大きさといい、張りといい。体はみっちり締まっているのに出るとこはしっかり出てるなんて、きっとリヴァイ様もお喜びになるわ。わたくし、他人のコルセットも上手に付けられるようになりましたのよ。さぁ。さぁ!
「子どもはガウェインに言えよ!どーせあいつの頑張りが足りねーんだよ!」
「いいえ!ガウェイン様はちゃーんとわたくしを満足させて下さいますわ。」
「・・・あの、エリザ、私はそういう話が聞きたいんじゃなくてさ・・・」
「じゃあどういった話ですの?いいじゃない、リヴァイ様もとっても魅力的なお方ですし」
  昔からあなたの事を好いてらっしゃるようですし。
「魅力的?あれが?あのロリコンが?・・・ってエリザ。なんでお前は私の許可なくこんなもんを着せてやがる。」
「うふふ、ほらお似合いよ?このドレス素敵でしょう?リヴァイ様があなたの為に選んで下さったのよ?あとまだジュエリーが残っているのだけど・・・ほら、じっとして?」
  宝石はプラチナの地金にアクアマリン。ドレスの色と合わせて、こちらもリヴァイ様チョイス。やっぱりリヴァイ様、アリアのこと良く分かっていらっしゃるわ。
「・・・エリザ。」
  あら、アリアったら怒ったのかしら。
「エリザ。私の制服どこやった?」
「どこかしら〜うふふ。ちょっとお待ち下さる?今お探ししますわ。」
  な〜んてね。今更気付いても遅くてよ。もうアラベルに別室へ運んでもらった後なんですもの。こうでもしなくちゃあなた、すぐ脱ごうとなさるでしょ?今日はガウェイン様とリヴァイ様の直々の命を受けたのですから、このエリザ、頑張りますわよ?
「・・・アラベル、私の制服をどこへやった?すぐに返せ。でないとガウェインが部屋に戻って・・・」
  なんて良いタイミングでしょう。ガウェイン様とリヴァイ様が戻って来られました。ノックの音でアリアが警戒してはいけないから、ノックはしないようにお伝え申し上げるなんて、わたくしったらなんて策士なのでしょう!そのおかげでホラ、アリアったらとっても素敵でしょう?
「アリア!俺の贈ったドレス着てくれたんだね!凛とした君によく似合ってるよ。とても美しいよ」
「贈られた覚えはないし、着たのも事故だ。不本意だ。」
「これを着てくれたってことは、もう婚約の話、公にしてもいいってことだろ?」
「するな。絶対にするな。婚約なんか受け入れた覚えはない。」
「大丈夫、アリアのこの姿を見たら、誰も俺のことロリコンって言わないさ」
「何を基準のロリコンなんだ。それにお前がロリコンと呼ばれようと私はどーでもいい」
「アリアがちんまいことに対してだよ。身長は子どもでも、他が成長していれば誰も何も
「ど変態野郎!」
  アリア、どうして怒ってるのかしら?わたくしにはとっても仲睦まじく見えますのに。
「アリア。リヴァイが君と婚約したって言ってるけど、本当なの?」
  ガウェイン様は、どんな時も冷静でいらっしゃって、とっても素敵だわ。
「本当じゃない、嘘偽りだ!大体、どうして自分の婚約の話を他人から聞いて知らなきゃならない?そんなの納得できるわけないだろう」
「・・・そうだったんだね。それは何というか・・・お気の毒に。それで、アリア。最終的に僕の弟と結婚する気はあるのかい?」
「現状での可能性は0というよりむしろマイナスだ。」
「そうか、分かった。それでは今夜の舞踏会、君はそのドレスで参加するように。」
「・・・ガウェイン、前後の繋がりが分からない」
「もう一度言おう。アリア、君はそのドレスを着て、今夜の舞踏会に参加しなさい。もちろん、帯剣は許可しない。」
「・・・私は今夜の舞踏会は、総兵士長として、制服を着て帯剣もして行くことになっている。そうじゃないともしもの時にお前らを守れない。」
「それでは、指輪だけして行けばいい。」
  指輪というのは、いつもアリアが両手の中指に付けている、細い銀色の指輪の事でしょう。わたくしは詳しくは存じ上げませんが、その指輪をしていることがアリアの剣を扱う約定になっているそうです。
「何故わざわざドレスなんだよ。しかもリヴァイ好みのドレスなんて、婚約を認めたようなもんじゃねーか!」
「いつもの制服だとアリアは小さすぎるからどこにいるか分からなくなるんだよ。この前も君を探すのに随分手間取った。婚約の話は適当にあしらっておけばいいだろう?僕たちからは何も言わないから。」
  あらあらリヴァイ様、そんなに笑っちゃアリアが怒りま・・・ほら、また睨んでらっしゃるわ。

 

2013 July 8 芹沢アツキ


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