ラサラス女神綺譚

第4話 ルシウス

 

 

「初めまして。わたくしはラサラス王国総兵士長、アリア・テオフィリア・ルクレールと申します。 7 歳から 15 歳まで、あなた方はよくぞこの長く厳しい士官学校過程を諦めることなく学びきりました。それは賞賛に値します。今日からはその最終段階である、最終試験が始まります。卒業まであと少し。 8 年間に学んだ事全てを活用し、この試験を皆さんが誰一人欠けることなく乗り切ることを、わたくしは願っています。」
  この口上は、今年で 3 回目。よくもまぁ飽きもせず・・・と思うと同時に、この後こいつらが絶対に浮かべる「こんなはずじゃなかった」という顔を、俺も見たくなっている。策士のアリアらしいと言えばそうだが、なかなか通過儀礼としては理にかなっているんじゃないかとも思う。
「今年も始まったな。」
「ええ、そうですわね。また優秀な兵士が生まれると喜ばしいのですけれど。ガウェイン殿下にも明るい報告がしたいですもの」
「・・・なぁ、アリア。」
「なあに、ルシウスさん?」
「・・・その喋り方、候補生がいないこの部屋でもする必要があるのか?」
「ふふっ!・・・いや、気を付けてないと普段の喋りが出そうなんだよ。こんなことで感づかれちゃつまらないだろ」
  やっぱりアリアは男言葉が似合っている。・・・いや、慣れの問題かもしれないが。
「そういうわけですので、今日からわたくし重いものは持てませんし、演習に参加も口出しも致しませんからね?ルシウスさん、ヒューゴさん、よろしくて?」
「はいはい承知いたしました、ルクレール嬢。」


  今から 7 年前、アリアが 16 で俺が 23 のとき。それがファーストコンタクトだった。士官学校在学中に謀反を企てていた連中を捕らえたとか、卒業後すぐにザニアの地を学友と共に奪還したとか、信じがたい戦歴を聞いてはいた。だが、アリア本人を目の前にしたら、よけいにそんなこと信じられなくなってしまった。いや、俺は間違っちゃいない。自分より頭 2 つ分も 3 つ分もちんまい少女が、男にも出来なかったことをやり遂げられるわけがない。多少魔法の腕が良かったって、誰よりも切れる頭を持ってたって、結局最後は武術がものを言う。と俺は思っている。
「ルシウスさん。ちょっとお話が」
  当時のアリアは、まだ俺に『さん』付けだった。懐かしい。残念ながら1 日も持たなかったんだが。
「敬語が面倒なので、学友にするのと同じように喋っても許してくださいますか?もちろん、条件付きで」
  条件とは、剣で勝負をすること。もしも勝ったら、敬語はやめる。負けたら、・・・何でもいう事を聞くと言う。俺はまさか自分が負けるなんて思っていなかったので、兵士を辞めてもらおうかとか、夜の相手をしてもらおうかとか、とにかくそういうことばかり考えていた。そして結果は言わずもがな。アリアの圧勝だった。木剣でなければ、俺は死んでた。
  アリアは確かにちんまい女だ。いくら鍛えていても腕力では男女の差は越えられない。それを魔法で補うのは普通の兵士でもやっていることなんだが、アリアのコントロールは人外レベル、つまり神がかっていた。体重移動に上手く魔法を乗せて、通常よりも強い攻撃を繰り出したり通常よりも高く飛び跳ねることはもちろん、筋肉や骨に負担がかからないよう絶妙なバランスでサポートをしていた。そんなこと俺だったら頭がパンクしそうになるんだが、アリアは無意識下で感覚的に全てをこなすため、スピードは落ちるどころか素早くなるばかりで誰も太刀打ちできなかった。アリア配属から 1 週間後には、あいつは殆どの者に敬語を使わなくなっていた。・・・負けた者が俺だけじゃなくて、その時ばかりは安心したのを覚えている。

 

「お、アリア。お前も剣の練習をするのか?」
「ええ、少しは体を動かさないと鈍ってしまいますもの。そちらの木剣を使いましょう」
  アリアは腰に付けていた 2 本の剣を、無造作に椅子の上に放り投げた。普通の兵士が外で帯剣を解くなんてあり得ない。もちろん、パフォーマンスの一環だ。
「こんなもの、重くて忌々しい。・・・さぁルシウスさん、お相手して下さいます?」
「またベッドの中でもお相手しようか?」
  あ、アリアの目が一瞬鋭くなった。ちょっと冗談が過ぎたかもしれない。
「うふふ、ルシウスさん、こんな場でそのような発言は控えていただけません?勘違いされてしまうでしょう?それとも、本当にわたくしと一晩中お過ごしになりたいのかしら?以前あったような、燃え尽きるほどの熱い夜がそんなにも恋しいのかしら?もう 1 人、乙女を追加して差し上げてもわたくし構わなくてよ?」
  ニッコリと笑うアリアに、俺は冷や汗が垂れた。
  俺は武術部隊なんだが、魔法もある程度使えた方が戦術の幅が広がる。だから魔法が得意なアリアとヒューゴに一晩中しごかれた事が何度かあった。そして、それがアリアの言う『燃え尽きるほどの熱い夜』の正体。ちなみに「乙女」というのはヒューゴのことで、どうして 2 メートルを越える巨漢が乙女かと言うと、あいつの趣味が編み物だからだ。アリアは「戦乙女」とか「戦女神」とか兵士や民から言われているが、それに倣ってアリアはヒューゴの事を「真の戦乙女」と言い、よくからかっていた。
  もちろんそんな真意など知らない候補生は、言葉通りの意味で捉えたことだろう。男ばかりの士官学校で、これまでは週末は自由に町へ繰り出せたものの、これから約三週間は宿舎と学校に缶詰だ。もちろん外界との接触はなく、さぞかし女に飢えることだろう。そして、ここで会える唯一の女は、アリア。
「ふう、ルシウスさん、この辺で休憩にいたしませんこと?」
  実戦ではあり得ないようなゆ〜っくりとした練習もとい遊びを 10 分もしただろうか。アリアは剣を地面に突きたて、制服のボタンに手を掛けた。ああ、次はあれの作戦ね。
  ラサラスの兵士は、まず伸縮性のある黒いシャツをアンダーとして身につける。首元から手首までスッポリと覆われるようになっているが、個々人の利便性に応じて丈の調節をしてもよいことになっている。その上には、胸から腰骨のあたりまであるプロテクターを着用する。内臓や筋肉を圧迫し、最も体に負担のない姿勢の維持をサポートしてくれるとともに、多少の攻撃では貫通できない特殊な金属繊維が使われている。女性の付けるコルセットに少し似ているためか、アリアが着るとどうも胸の肉が上の方へ押し上げられてしまうようで。
「アリア、前から聞こうと思ってたんだが、どうしてお前はアンダーの胸元をわざと切り開いてるんだ?」
  アリアのアンダーは襟ぐりを大きく切ってあり、制服のボタンを外し終えるとすぐに胸の谷間がドーンと自己主張をはじめてくる。アリアは手でパタパタと仰ぎながら言った。
「だって、汗をかくと谷間に汗疹が出来るんですもの。」
  知っていたけど。これは本当のことで、いつも胸元の開いたアンダーを着用しているらしい(見せてはくれないが)。以前、そこを狙われて剣でも突き刺されたら死ぬと進言してみたが、アンダーで覆ってあろうがなかろうが、こんなところ刺されたら誰だって死ぬと返された。確かにそうだ。
「ふーん・・・」
  折角の機会なので、じっくりと拝ませてもらおう。アリアに恋愛感情はないが、もしもベッドに誘われたら俺は断る自信がない。彼女もいないし。・・・欲しいけど。
  ふと、アリアが見上げたので目があった。ニッコリ笑って、顔を近づけてくる。
「リヴァイに言うぞ」
  小声で出したのは、王子殿下の名。リヴァイ殿下とアリアは我々兵士たち公認の仲だ。アリア本人としてはそんなリヴァイ殿下の気持ちに気付いているそぶりなど全くないのだが、それでもアリアがよその男に肌を見られたりすることをリヴァイ殿下は嫌がる、ということだけは辛うじて分かっているようだった。どう解釈しているのかは知らない。
「・・・申し訳ありません」
  俺はそう言って、豊かな胸から目を離した。
  ・・・しかし、この光景をもしもリヴァイ殿下が見たらどう思われるのだろうか。アリア自身が、自分をただの担がれた者で、兵士たちの慰み者だと候補生に思い込ませているなんて。きっと俺たちもただじゃおかないだろうな。緘口令を敷く意味がここにもあったのか。

  アリアは総兵士長という肩書きにあり、これはアリアの為だけに作られたようなものだった。実際のところガウェイン殿下、リヴァイ殿下、そしてヴィクトール参謀長がアリアの能力を自由に遺憾なく発揮できるためにとお考えになられて作られたものであったが、それを知らない者にしてみれば、過去、容姿、それと身分で王族に取り入り、自由気ままに遊んでいる馬鹿女と思っている輩も少なくないだろう。
  事実、数日おきに顔を出すたび、候補生のアリアに対する見方は次第に緊張が抜けていき、どちらかというと獲物を狙うようなギラついたものに変わっていった。そんな様子をアリアは笑っていたけれど、さて、あの候補生たちは無事卒業できるのだろうか。
「お前ら、アリアに訓練付けてもらえよ」
  俺は候補生のうちの1人、特にぎらついている奴に声を掛けた。
「その時に約束を取り付けさせるんだ、もしもこっちが勝ったら、何でもいう事を聞くってな。俺もそれでヤッた事がある。俺だけじゃない、他にも大勢。思う存分仲良くしてもらえよ?」
  嘘は言ってない。そういう条件で決闘したことはあったし、俺たち全員負けただけだ。その後アリアの敬語はなくなったし、それだけでも十分仲良くなったさ。
「アリア総兵士長。」
 その日の午後、昼休憩が終わろうとしている頃、俺が焚きつけた候補生がこちらの思惑どおり、アリアに声をかけた。
「何か御用かしら?」
  全てはアリアの企みだ。だが、あいつは何も知らないかのような、涼しい顔で返事をする。
「お、・・・俺たちに訓練を付けてくださいませんか」
  よし、引っかかった。
「わたくしが、ですの?」
「はい。総兵士長の実力を、この目で拝見したいです。是非、お願いいたします」
  もう、俺は笑いたくて仕方がない。
「それは随分熱心なのね。あなたの後ろのご学友も、もしかして同じ事を考えていらっしゃるの?」
「はい。皆にも、稽古を付けてほしいです!」
「あら、良い子ね。わたくし、真面目な子は好きよ?」
「そっ・・・それで・・・」
  ああ来た。くるぞ。
「も、もし俺たちが勝ったら、 1 つ俺たちの言うことを聞くという約束をして下さいませんかっ?!」
  可哀想に。お前らのその願いが叶う日は来ない。
「・・・よろしいわ。それではどうせなら、あなたがた全員とやりましょうか。」
「えっ?!ぜ、全員とですか?」
  こいつは今、絶対やましいことが頭に過ぎったに違いない。
「もちろんよ。だってわたくし、・・・好きなんですもの。その代わり、もしもわたくしが勝ったなら、あなた方がわたくしのお願いを聞いて下さる?」
  稽古の条件は、アリア 1 人対士官学校 258 期生総勢 103 人。翌朝 9 時 30 分から開始し、範囲は学校の校舎・宿舎を除く全域、夕方 16 時時点で校庭に用意した椅子に座っていた者を勝者とする。それまで、自由に作戦を立てることを許す。武器は学校支給の木剣のみだが、魔法の使用も許可。自己申告による棄権か教官が戦闘不能と判断するまでであるなら、何度でも立ち向かうことは可能。
  さて、今夜のうちにどれだけ綿密な作戦を立てられるか。それに全てがかかっているぞ。・・・アリアの圧勝には違いないだろうが。

 

 翌朝、 103 人を目の前にしてアリアは言った。
「わたくしを親のかたきと思って、本気で向かってきてくださいね?なんて、うふふ、お手柔らかに、ねっ?」
  アリアは最後まで気を抜かなかった。すっかり気を抜いていた俺はついつい噴出してしまったが、咳払いで隠した。もとより、候補生たちはアリアに夢中で俺のことなど眼中になかったが。悲しいな、俺、これでも武術部隊のトップなんだけどなー。
  始まりを知らせる鐘が鳴らされ、アリアは何の武器も持たないままに立ち上がった。 1 人、昨日の言いだしっぺの候補生だ。アリアなんか楽勝だと思ってるんだろうな。残念、そんなわけねぇよ。第一、本当にアリアがそんな腑抜けであったなら、俺を始めとする兵士の大部分は、アリアを担ぐなんて真似死んでも断るだろうさ。
  アリアがニッコリと笑ったままなので、彼は「お怪我させないよう努力いたします」と言いつつ、剣を振り上げた。アリアはそのまま歩みを止めることなく颯爽と歩き、攻撃射程距離に入ったところで地面を踏み込み、彼の顔面に膝蹴りを入れた。きっとあの候補生、アリアの動きすら見えていないだろう。アリアは止まらない。宙に舞い上がった木剣を当たり前のように片手でキャッチし、そのままの力を利用して隣にいた候補生の腹を柄の部分で思い切り突いた。
  「お飾り」でしかないと思っていたアリアの驚くべき身のこなしに、誰も呆然としている。ああこれ。この瞬間。背筋がぞくぞくする。
「お前ら、総兵士長の私相手に、まさかなんの戦略の用意もしてない・・・なんて訳、ないよなぁ?」
  ニヤリと笑うアリア。笑顔が輝いてやがるぜ。
  何事も、 8 割が準備に費やされる。これまで必死に慣れない女言葉を使って、変なやりとりした甲斐があったな。
「おい候補生。お前ら 100 人もいて、キンタマのついてる奴はいないなんて言わないだろうな?まぁ、付いてても女の私に勝てねぇんじゃ、意味ないだろうけどな。ほら、私を少しは楽しませてみろよ!」
  アリアの煽動が効いたのか、戸惑いつつも後ろの方で指示を出す声が聞こえ、半分近くは姿を隠すためか散開していった。そいつらはきっと、性欲に惑わされずに今回のアリアの意図に気付いた者たちだろう。一晩の時間を与えたんだ、それくらいしてもらわないと、この国の未来がさすがに不安だ。

 夕方 16 時。当初の予定通りそこにはあくびをしながら座っているアリアがいた。
  候補生たちは全員、ダウン。骨が折れると後々の試験に響くため、アリアなりに手加減をしたらしいが、それでも顔がボコボコにはれ上がった者がかなりの人数いた。
「お前ら、それも最初に無策のまま私に向かってきたやつはよく聞け。お前らは馬鹿か。お前らはこれまでの 8 年間で何を学んできた?色仕掛けに惑わされることか?弱いと思ったら力を抜くことか?・・・違うだろう。お前らは、この国を守る兵士になるため、その術を学んできたのだろう。合理的に考えろ。全力で相手を殲滅することを考えろ。一人ひとりの力は弱くても、一致団結して立ち向かえば違う結果だって導き出せたかもしれない。お前たちは今日、私という敵の力を見誤り、結果負けた。これが実際の戦争であったなら、お前たちは何も守れないどころか大切な者が蹂躙され殺されていくのを指をくわえて見ているしかできない。何のための兵士だ!・・・私と同じように動けとは言わない。個人の能力に差はあるものだ。だが、お前たちは自分の頭で考え、それを克服できることを知っているはずだ。私はこの国を守るいち兵士であると共に、同志を欲している。お前たちが周りの意見に惑わされることなく私を見て、兵士として共に闘ってくれるというのなら、私はお前たちを拒まない。この国を支える立派な兵士になってくれ。・・・それが私の『お願い』だ。」
  アリアはそう言うと、最後にニコッと微笑んだ。先ほどまでのネコを被ったような笑顔じゃない。ゆるぎない信念を持ち、自信に満ち溢れた笑顔。アリアはずるい。こんな笑顔見せられたら、あいつら候補生もお前の後を付いていかなきゃならなくなるじゃないか。でも、その笑顔があるからこそ、俺はこの国で兵士をやることにとてつもない意義を感じている。アリア、お前はこれからも、俺たちを引っ張っていってくれ。俺たち兵士は皆、お前に心底惚れているのだから。

 

2013 July 8 芹沢アツキ


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