ラサラス女神綺譚

第5話 リヴァイ

 

 

 アリアと初めて会ったのは俺が 11 、アリアが 6 歳の時だった。俺の半分ほどの歳のアリアは当時から小さかったが、その美しさだけは異彩を放っていた。あの時、アリアにひと目惚れした。俺の中で、もうこの娘しか特別に思えなくなった。

 次にアリアに会えたとき、俺は 16 になっていた。アルファルド帝国に捕らえられたのち一人で帰還してきたアリアは痩せこけ、髪も短く、まるで男の風貌をしていた。それでも、芯の強い瞳は変わらないどころか以前より一層の光を宿していた。

 その後アリアはヴィクトールを後見人として士官学校に入った。俺は何度もアリアに会いに行った。 1 週間か 2 週間に 1 度だけ会えるアリアは、会うたび会うたび、女神アリアのように美しく成長していった。棒きれのようだった手足は丸みを帯び、こけた頬もふくらみを取り戻し、胸も服がはち切れそうなくらいに膨らんで。アリアに会えるのが俺は待ち遠しくて堪らなかったのと同時に、アリアと会えない間、アリアが他の男と何を話して何をしているのか、不安で不安で堪らなかった。

「ねぇアリア。いつも学友たちとどんな話をしてるの?」

「別に。勉強の話とか、剣のコツとか。・・・かな?」

「仲のいい奴とか出来た?」

「うん、まぁね。 1 人私に言い寄ってくる変なやつもいるけどね」

 アリアはそう言って面白そうに笑っていたが、俺にとってはとても笑えるような話じゃなかった。遅かれ早かれいつかは恋敵が現れるとは覚悟していたが、いざとなると動揺してしまう。

「私はそいつのこと好きだよ。あいつなりに考えて、この世界で必死に生きようとしてるだけなんだもの。でも、あいつなら私の名など使わなくても上にいける腕があると思うんだけどね。」

 アリアが庇うその男の名は、エグモント・ベルギウス。俺はこの命知らずの男を、一生許さないとこの時心に誓った。

 

 

「アリア!!エグモントに何かされてない?!」

 城の長い廊下の端で、アリアの部屋に入っていくエグモントが見えた。大急ぎで駆けていき、俺はノックもせずに部屋の扉を開けた。

「されるわけないだろう!」

 アリアが怒鳴る。

「・・・リヴァイ殿下は何しに来たんですか?俺はアリアに直々に呼ばれたからここにいるんですけど」

 そしてすぐさまエドモントが棘のある言葉を吐く。エグモントとアリアが恋愛関係にない、という事が明らかな今でも、俺はこいつが好きになれない。俺のアリアに対する想いを知り、わざとからかってくるからだ。きっとエグモントは俺相手じゃ身分的に敵わないということを知りつつ、最後のあがきとしていろんな嫌がらせをしてくるのだろう。そして俺は嫌がらせをされると知りつつも、二人の邪魔をせずにはいられない。どうあったって、この男とアリアが 2 人なのは不快に感じてしまうからだ。

「私はリヴァイの事なんか呼んでないぞ?お前ちゃんと仕事してるのか?」

 ちょっと休憩に抜け出したんだよ。そうしたらエグモントが見えたからこうしてここに来たんだよ。

「・・・アリアがキスしてくれたら仕事がはかどる気がする」

 願望と冗談を織り交ぜてみる。

 アリアの反応が楽しめるかと思ったが、アリアは手元の書類に目を落としたまま淡々と答えた。

「あーそうかー。お前にキスしたことは一度もないし、これからもすることはないよ。ガウェインに失望される前にとっとと帰れ。」

 つれない。つれなすぎる。

「アリア!」

 俺が溜息をつこうとしたその瞬間、エグモントが机に身を乗り出したかと思うと、キスが出来るほどアリアに近づき、そして頬にまさかのキス。

「・・・エっ…エグモ・・・?!」

 アリアが慌てて立ち上がり、頬を押さえたまま固まった。もちろん俺だって固まった。

「書類、作り直してきてやる。キスはその対価だ」

 どういうことなんだ。キスが書類の対価?そんな部下と上司、聞いたことないぞ!ほら、アリアも何とか言ったらどうなんだ!ふざけるなとか、むしろ殴るとか!

 しかしアリアはエグモントの出て行った扉を少しの間見つめ、溜息ひとつついただけですぐに腰をおろした。俺が口を出す前にアリアは先ほどの出来事の片付け場所の折り合いがついたようで、既に視線を書類に向かわせていた。

「アリア」

「何だ」

 俺はアリアの机に歩み寄った。

「エグモントとはどういう関係だ」

「は?」

「エグモントには許しているのか?」

「どういう意味だ」

 駄目だ。尋問したって何も変わらない。

「話を変えよう、アリア。」

 俺はアリアの事がずっと好きだった。愛していたし、もちろん今も。けれど、その想いを直接口に出すのは恥ずかしく、いつも冗談交じりにしか伝えられなかった。その結果が、今のアリアと俺の関係。

 俺は 28 、アリアも 23 。もういい年だ。そろそろここらでけじめをつけるべきだと思うんだ。

「アリア、俺の妃になれ。これ以上はお前の身が危ない。俺が守る」

 俺の一世一代の求愛の言葉にアリアはきょとんとしていたが、少しの間を空けて彼女の口から出たのは、「爆笑」以外に形容しがたいものだった。

 長い間真面目に言えなかったツケが、今頃になってやってきたのだろうか。そんなに笑わなくてもいいじゃないか。あれ、なんだか目から汁が。

 笑いすぎて目に涙をためたまま、アリアが俺の手を取った。

「リヴァイ、こちらへ。」

 アリアに引っ張られるままにたどり着いた場所はソファ。やや乱暴にドンと身体を押され、そのまますっぽりとソファに尻が納まる。俺が直々に俺好みのものに替えさせたためか、座り心地は抜群だ。俺を腰掛けさせてアリアも座るのかと思ったが、アリアは俺の肩に手を掛け、膝を俺の足の間に入れた。柔らかい手で俺の前髪をかき上げ、そしてそのまま、顔を近づける。

 小さな顔。陶器のように白い肌。長い睫毛に大きな瞳。真っ赤なりんごのような、唇。それらが全て、俺に迫ってくる。

 まさか、これはまさかのキスなのか?!

 ・・・と思っていたのに、自分の額にアリアの額が当てられたことで目論見が外れたと分かる。

「・・・うん、熱はないね」

 そう言って触れた部分が離され、アリアと目が合ったが、アリアのいつもの柔らかい表情が、みるみるまに真顔に変化した。

「・・・リヴァイ、本当に大丈夫か?どこか痛いところでもある?」

 何か心配げだ。そう言いながら、アリアの手が俺の頬に触れ、首に触れ、肩、胸、腕に触れ。

「い、いや、・・・ない。」

ああそうか、俺の顔が赤くなったからどうしたのかと思っているのか。・・・当たり前だ!あんなことされて平静を保っていられるか!出会って 15 年以上の仲なのに、今のが一番近い距離だったんだぞ!

「取りあえず、ここに横になれ。さっきはお前の気持ちも考えず適当なこと言って悪かった。ごめん。きっとお前は疲れているんだ。ちょっと寝た方がいい。」

 ふと、あくどい考えが浮かんだ。

「・・・だったら、アリアが膝枕してくれ。」

 いつもだったらそんな申し出は一蹴されて終わりだった。しかし今日はどうだろうか。今までで一番、勝算があるような気がする。

「・・・分かった。してやるから、少し大人しくしてろ。」

 溜息まじりに言って腰に付けていた剣をベルトごと外すと、アリアはソファの端に座り、「ホラ、」と自分の太ももを指差した。素直に頭を乗せると、アリアの甘い香りがした。どうして好きな女というのは、こんなにもいい香りがするのだろうか。またアリアの指が額に触れた。やばい。気持ちいい。勃起しそうだ。

「医師を呼んで来ようか?」

「いい。それよりアリアのキスがあれば

「寝てろ!」

 軽口には反応するあたり、本当に心配してくれているのだろう。好意を裏切るのは申し訳ないかとも思ったが、しっかり受け取っているので裏切ってはいないなと自己完結。うっすらと目を開けると、アリアの前髪がそよ風に揺れていた。いつもとは違いトロンとした目は、そのまま眠りに落ちそうだ。

 アリアもそのまま寝たらいいさ。たまにはこんな日があったっていいだろう?

 

2013 September 21  芹沢アツキ


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