ラサラス女神綺譚

第6話 エグモント

 

 

 俺は最初、アリアが大嫌いだった。

 

 アリア・テオフィリア・ルクレール。あいつは公爵家の一人娘。一方の俺は、単なる男爵家のそれも 5 男。爵位ってのは階級が5つあり、公爵、侯爵、伯爵、子爵、そして最後に男爵。貴族というくくりで見れば同じ貴族ではあるが、公爵家の跡取りと男爵家の 5 男では、天と地ほどの差があった。しかもアリアは現国王の姉君殿下の配偶者であるヴィクトール殿下を後見人とし、王族ともつながりがある。

 人間は、生まれながらにして神から差別を受けている。与えられるものに差があるんだ。それは仕方のないことだ、そんなこと分かる。しかし、それでも俺は、その差別を簡単に受け入れることが出来るほど懐が深くない。だからあいつが大嫌いだった。

「初めまして、アリア様。私はエグモント・ベルギウスと申します。ミアプラキドスの男爵家からこちらの士官学校にやって参りました。」

 ちなみに、ラサラスには王都シャウラ以外にも8つの士官学校があり、ミアプラキドスにもそれはあった。兄達はみな地元の士官学校に入学していたが、俺が王都の士官学校を選んだのには確たる理由があった。

「初めまして、エグモント様。わたくしはアリア・テオフィリア・ルクレールです。早く皆様に追いつけるよう必死で勉学にも武道にも励みますので、学友としていつか認めて下さいまし?」

 当時、アリアの見た目はちょっと顔の造りの整った新入生、という感じ。ガリガリに痩せこけ、青白い肌。しかし、その奏でられる声は高く、口調も動作も、貴族の女性そのものの上品さを併せ持っていた。

アリアの微笑みに俺もニッコリと笑顔を返したが、心の中ではアリアのことを小ばかにしていた。ここは王都シャウラの士官学校だ。地方の士官学校とは違い、国内の貴族や光るものを持った天才秀才奇才が集まり、文武両道に励み、そして幹部候補生として巣立っていく。どうせお前は身分や境遇をたてにして、コネでここに入ってきたのだろう。そんなやつが学友だなんて、俺のプライドが許さない。絶対に認めてなんか、やらない。

・・・しかし、学友としては認めたくなくても、アリアの持つ血は非常に興味深かった。男爵家五男の俺のように、自らの家を継げない者が成り上がる手っ取り早い方法として、『婿入り』がある。俺がこのままアリアに取り入り、あいつと結婚してしまえば、簡単に男爵家よりもずっと上の公爵家の位が手に入るのだ。心の中にいる女性は、決して手に入ることのない女性。それならば、誰と結婚しようと俺にはどうでもよかった。とにかく、上に行ければそれでよかったのだから。

 

それから 2 ヶ月。アリアは想像よりもずっと手ごわかった。授業は誰よりも熱心で、休憩時間は隣の席のクレメンスとか言う図体ばかりでかい男と何か話してばかりだし、放課後捕まえようとしても、すぐに宿舎に引っ込むか、職員室に入ってそのまま夜になって追い出されるまで教員を質問攻めにしている。こっちが何も出来ずにあの手この手の試行錯誤を重ねているうちに、学科試験であいつに追い抜かれてしまったのだった。

「アリア様、さすがですね。まさかこんなに早く追い抜かれるとは思いませんでした。もし貴女がよろしければ、私にも勉強方を授けては下さいませんか?」

 もちろん、この女に頭を下げるなど、腸が煮えくり返る思いだった。しかし、アリアと仲良くなるきっかけを捜し求めた結果、こういう提案も1つの案として採用してみたのだった。

 アリアはニコニコとしたまま、俺のことをじっと見つめた。そして、何を言うのかと思ったら。

「エグモント。あなた、私のことが嫌いでしょう?」

「え?!なっ・・・なにを・・・

「嫌いも嫌い、大嫌い。本当は私に笑顔で接することすら屈辱に感じているんでしょう?」

 完璧と思っていたのだが、知らぬ間に笑顔が引きつっていたのだろうかと、俺は頬に手を当てた。そんな様子を見て、アリアはくすくすと笑った。

「ベルギウス男爵家の五男、でしたね。私と結婚すれば、爵位の継げないあなたでも公爵の位が手に入る。そこまでに至らなくても、公爵家とのパイプが出来ればこの先動きやすくなる、・・・と考えているんでしょう?」

「は・・・はは。何を仰います、アリア様。私にそのような大それたこと・・・

「違わない。だったら何故ミアプラキドスの士官学校ではなく、わざわざ王都の士官学校へ入ったの?何故私と話をしたがるの?何故私のことを気にかけるの?本当は故郷に想いを寄せる子がいるんでしょう?何故・・・

「お前に何が分かる!」

 気付いたら、アリアに声を荒げる自分がいた。カッとなってしまったことを後悔しつつ、もう取り繕えないと思いつつ、それでも何か言い訳を探そうとするが、俺は頭の中がぐちゃぐちゃで、何も冷静に考えることなんて出来なかった。

 アリアはそんな混乱した俺を見て、何故か口の端をにやりと上げた。

「ほら、ようやくお前の本音が聞けた。」

「何を言って・・・るんだよ・・・」

 もう敬語で接する必要なんかなくなってしまっただろう。躊躇いがちな俺の言葉遣いを、アリアは何も言わなかった。むしろ、アリアの方こそ言葉遣いが変わっていた。

「お前、私のことをどうせ将来の夫でも探しに来た、もの好きな女だとでも思っているだろう?それ、全然違うからな」

 アリアは続けた。

「私は将来、兵士となり、この国を変える。誰にも国土を侵されることなく、愛する者との別れを強要されることもなく、もっと暮らしやすい国にする。その為に、・・・多少のコネは使ったが、士官学校に入ったんだよ。でもまずは、ここで共に学ぶお前たちに『学友』として認めて貰いたい。ただの変わった女だと思われるのは、ここらで終わりにしたいんだ。学力は追いついた。いや、むしろ追い抜いたというべきか。・・・どうだエグモント。そろそろ認めてくれるか?」

 あまりにも真面目なあいつに、俺はぷっと吹き出した。

「剣の腕でも俺に勝ったら、考えてやろう」

「・・・それはなかなか骨が折れるな」

「身長で俺を抜いたら」と言わなかっただけ、有り難いと思え。出来ないなら去れ、と言おうとした時だった。

「剣の腕、か。了解した。それでは、私が勝ったら認めてもらおう。約束だからな!」

 アリアが俺の前に、小さな白い拳を出した。俺も拳を出し、付き合わせる。約束の儀式だ。

「卒業までに勝てるか、見ものだな」

 俺は憎まれ口を叩かずにはいられなかった。何も言わなかったら、そのままあいつの瞳の輝きに捕らわれてしまいそうだったから。

「問題ない、それまでには全て追い抜く予定だ」

 残念なことに、本当にたった 3 年で追い抜かれ、心の中の片思いの女性も出奔し、かわりにあいつがそのスペースに住み着いてしまったんだが。まぁ、それらひっくるめてしょうがない。あいつが俺なんかとは比べ物にならない逸材だった、もとい化け物だっただけの話さ。

 

 

 

 ・・・というわけで、それから大した時間を必要としないうち、今度はリヴァイとかいう王子殿下が俺の嫌いな人間になった。

 アリアの恋人でもないくせに、アリアにべったりくっ付き、勝手に目を光らせている嫌な男だ。おまけに、「王子殿下」という肩書き付き。あいつがもしもアリアに結婚しろと命令したなら、アリアとてなかなか覆せないだろう。そもそも、アリアがあっさり承諾する可能性もある。だったらそれまでのところで、散々嫌がらせをして 2 人の邪魔をしてやりたいって気持ちにもなるってものさ。大丈夫、アリアの心証を害することなく、リヴァなんとかの野郎だけ苦しめることなど簡単だ。

 今日はたまたまアリアの執務室に呼ばれた。こういうときは大抵クソ王子の現在地を把握し、なんとなく目に入るようにしてアリアの部屋に行くようにしている。そうすると俺の事を警戒したクソ王子がやってきて、アリアに怒られるってのがいつものやり取りだ。

 今日の今日とて、もちろんそうしてやる。アリアがあのクソ王子のことを疎ましく思うようになればこれ幸いだが、そうでなくても焦ったクソ王子を見るのは胸がスカッとするから。それくらい、この恋が砕け散ると分かった上で必死に生きてる俺に許してくれてもいいだろう。

 

2013 September 22 芹沢アツキ


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