ラサラス女神綺譚

第7話 ルシウス その2

 

 

「おはようございます!」

「おはよう」

「アリア様、おめでとうございます!」

「・・・ん?」

「これで我がラサラスも安泰ですね!ちょっと寂しい気もしますけど・・・」

 おうおう、アリアのやつ、さっそく言われてやがるな。

 今日はアリアがラサラス軍の演習に付き合う日。俺たち正規軍が体を動かし始めて 1 時間程した頃、アリアが馬に乗ってやってきた。アリアの馬は黒い馬。あいつの身体には大きすぎるが、騎手に忠実、速く走りずば抜けたスタミナのあるこの馬が能力的にはアリアにぴったりだった。

「アリアおはよう。」

「よ、ルシウス。おはよう。・・・私の知らない話が進んでるのか?何だか凄く気持ち悪いんだが」

 いやいやまさか。

 俺はアリアの肩を叩いた。・・・馬にちょっと睨まれた気がした。

「何言ってるんだよ。俺も聞いたぞ。よかったな、これで遺伝子が残せるな!」

 遺伝子っていうのは、アリアと前にお互いいい年して独身同士、お互い遺伝子を残せるよう早く結婚しろと言い合っていたことがあったからだった。あいつは貴族の中では最上位の身分であるルクレール公爵家の一人娘であり、類稀な美しさを併せ持ち、兵士としても参謀としても素晴らしい素質の持ち主だ。それなのに兵士として一生を生きるとか抜かしやがるから、俺がせっついたことがあった。別にその時はアリアの相手について特に言及はしなかったが、それでも候補として真っ先に頭を過ぎった男と話がまとまったのだから、それはそれは同僚として部下として、喜ばずにはいられない。

「はぁ?だから何の話だ?!最初から順序立てて話せ」

「こんなことで寝ぼけて時間取るなよ〜!リヴァイ殿下のことだよ!」 

「リヴァイがどうしたんだ?」

 アリアのイラついたような顔に、俺は嫌な予感。

「・・・待てよ。お前、まさか本当に知らないのか?お前のことだぞ?」

「しつこいぞ!早く言え!」

 ・・・だったら何故、こんな話が俺の耳に届くんだ?

「お前とリヴァイ殿下、婚約したんじゃなかったのか?」

「」

 アリアの動きが止まった。数回瞬きしてから、深呼吸を1つ。

「・・・ルシウス。お前、誰からその話を聞いたんだ?」

「俺はハンジから聞いたけど。でもハンジも伝聞だったぞ?」

「どこまで広まってる?」

「待てアリア。お前、身に覚えがないのか?」

「あるわけないだろう!・・・いや、ある・・・のか?・・・でもまさかあれだけで・・・」

「なんだよ。やっぱりあるのか」

 腕を組み、右手を顎に当て何かブツブツ思案中のアリア。なんだろう、この展開。

「なぁルシウス。・・・あれは、冗談じゃなかったのか?」

 アリアはそう言って、俺の顔を見た。「間違いだ」とでも言って欲しそうな顔をしている。

「あれ・・・って何の話か俺には分からん」

 だよな、と言って、アリアは浅く笑った。がっくりと頭を垂れ、おそらくショックを受けているのだろう。

「あいつ、あんなに馬鹿だったのか?いや、あれでもガウェインの弟だし、・・・まさかどこかにぶつけた?」

 相変わらずブツブツ言っている。

「な、なぁ、アリア。兵士がこの話をしていたら俺はどうしたらいい?間違いだといえばいいのか?」

「・・・是非そうしてくれ。あとリヴァイを見つけたら私の前に引きずってきて欲しい。更に言うと、来たばっかりで申し訳ないが、ちょっと休ませてもらってもいいだろうか。」

「・・・あぁ。別に構わないが・・・」

 俺はアリアに何が起きているのか聞こうと、アリアに付いて休憩室の天幕をくぐった。

「やあ、おはよう!」

 そこには、渦中のリヴァイ殿下がいやがった。いや、失礼。いらっしゃった。

 アリアとは打って変わって、何とも楽しそうな顔をしている。俺は確信した、こいつが噂を流した犯人なのだと。

「おはようリヴァイ。ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・」

「ああ、心配しないでくれ。ドレスはこれから俺の監修のもとで数え切れない程作ってプレゼントする予定だ」

 アリアの返事を聞かないまま、リヴァイはドレスについて持論を展開し出した。白い肌にはやはり白いドレスが一番似合うだの、唇と同じ深紅のドレスがあってもいいだの、自分の髪と同じ、黒いドレスもなかなか粋だ、とか何とか。アリアは部屋に入ったときから、気味が悪いほど表情が止まったままだ。

「馬鹿か?お前は馬鹿なんだな?」

 アリアはそう呟くと、くるりと俺の方を向いた。

「なあルシウス教えてくれ。こいつは馬鹿なのか?」

 ・・・そんなこと俺の口から言えるわけないだろう。

 アリアの視線がすぐに俺から逸れた。 ちょっとほっと一息。

「なぁリヴァイ。私とお前、こうやってくだらない話をする仲になってから、もう 10 年以上経つんだよな。自分で言うのもなんだが、私はあの頃と比べ、兵士としての力も付いて、信頼できる仲間も増えた。随分と変わったと思っている。そしてお前も変わったよ。あの頃と比べ、随分と馬鹿になったな。」

 淡々と静かな口調のアリアだが、怒っていることは想像に難くない。

「馬鹿とは失礼だな。何か俺がお前の気に障ることをしたかい?」

「そんなことも分からないほど馬鹿だったのか。本当に馬鹿なんだな、お前」

「アリア?そんなに馬鹿馬鹿言わないでくれ。こんな人前で・・・照れるじゃないか」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いこの馬鹿王子。お前そのうちガウェインに暗殺されるぞ。馬鹿に付ける薬があればいいんだが、残念だ、諦めるしかないだろう。そうだ、お前出家したらどうだ。どうせあと10年もしたら禿げ始めるだろうし」

 うん、アリア。俺にはお前の怒れる様がよく分かるよ。分かるが、マジ切れの喧嘩をこんなところで見せてくれるな。俺、今、とっても居心地悪い。

「アリア、それはちょっと言い過ぎじゃないか?俺が何かした?もしそうなら謝ろう。・・・王子だけど。」

 リヴァイ殿下は、こういう、最後に人の気持ちを逆撫でするようなことを付け加えるのが、すごく上手い。アリアは目を閉じて、大きく深呼吸をした。分かる。今冷静に話し合うことを放棄したら、この男の思う壺だもんな。

「・・・リヴァイ。いや、リヴァイ王子殿下。先ほどわたくしと貴方が婚約をしたという噂を耳に挟みましたが、殿下はご存知ですか?」

「どうしたのさ急に畏まって。俺とお前の仲だろ?むしろもっと親しくなるべきだと思わないか?」

「それでは、殿下がその噂を流したと考えてよろしいのですね?」

「噂?」

 そう言うと笑って、リヴァイ殿下はソファに背を預けた。

「噂じゃないだろ、真実だろ?」

「真実ではありません。わたくしたちはいつ、婚約の誓いを立てたのですか?」

「この前だよ。忘れたなんて言わせない」

 おや?じゃあ、リヴァイ殿下が嘘を言っているわけでもないっていうのか?

「・・・まさか、わたくしの執務室でのお話ですか?」

 なんだよ、アリアも思い当たる節があるんじゃねーのよ!

「よかった、覚えていたんだね」

「確かにあの時殿下がわたくしに向かって『俺の妃になれ』と仰ったのは記憶にありますが、わたくしはお断り申し上げました。恐れながら殿下、まさか忘れていたなどとは仰りますまいなこのトリ頭!」

「だってアリア、あの時君は俺が冗談を言っていると思っていただろう?本気だと伝わればアリアだって考えを改めてくれると思ってさ。」

「ふざけるな!こんな卑怯なやり口で私をやり込めようとしたのか?!」

「卑怯なんて言わないでくれないか。それに俺たち 2 人がくっつけば、エリザだって安心してくれるし」

「・・・なんでそこでエリザの名前が出てくるんだよ」

「俺、彼女から聞いたことがあるんだよ。弟の俺やアリアがちゃんと結婚してくれるか心配すぎて、自分はなかなか子どもが出来ないってさ。俺たちがいっぺんに片付けば、エリザだってガウェイン兄上の子を

「いい加減にしろ!」

 遂にアリアが怒鳴った。

「・・・エリザを理由に使うな。単純に、私とお前の問題だ。・・・私はお前と結婚などしない。それが結論だ」

 アリアはそのまま、今日は演習に付き合えるような状態ではないからと、そのまま休憩室を出て練兵場を後にした。残されたのは、俺とリヴァイ殿下と、このいたたまれない空気。どうしろって言うんだ・・・

 しかし、あそこまでアリアを怒らせたとあっては、リヴァイ殿下でさえもうどうしようも出来ないだろう。お二人がくっつかないってのは俺も少しは残念であるが、・・・あれ?なにその顔。リヴァイ殿下、もしかしてまだ諦めていないのか?

「ルシウス。今のアリアとの話は全てなかったことにしろ。俺はアリアと婚約した、ということでいいから、そのまま適当に話を広めてくれ」

「・・・殿下?それ本気で?」

「もちろん!アリアの気持ちは最後でいい。まずは外堀から固める予定だから」

 あんたは馬鹿ですね、と俺も口から出掛った。アリアのように素直に言えるのが羨ましい。・・・いや、こんな厄介な相手に振り回されるのは、俺なら絶対にごめんだ。

 

2013 September 22 芹沢アツキ


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