ラサラス女神綺譚

第9話 アリア その2

 

 

 ザニアを奪還した後、私はガウェインに忠誠を誓った。ガウェインが手を貸してくれたからこそ私は兵士になることが出来たし、ザニアをこの手で奪還することも出来た。あいつが私を救ってくれた。そして、このラサラス王国にはあいつの力が必要だ。現国王陛下は優しい方だ。だが、国王たるには優しすぎる、非情さがない。ガウェインは優しさも冷徹さもバランス良く兼ね備え、将来ラサラスに更なる繁栄をもたらす存在となるだろう。いや、今のラサラスがあるのも既にガウェインの成果か。

 

「わたくしに、ザニア奪還作戦を指揮させて下さい。」

 あのときの私には、怖いものなど何もなかった。

「アリア殿!あなたはまだ士官学校すら卒業していないではありませんか!戦の経験も無いあなたに、これまで誰も出来なかった事が出来るわけがない!」

「あと数ヶ月で卒業いたします。その卒業試験として、わたくしが訓練兵を率いザニエを奪還してみせます。これまで奪還が出来なかったのは、シュルマを狙うブラトフ家が裏で糸を引いていた為。アルファルドに情報が漏れない今が好機です。」

「あなたがザニアの地を懐かしみ、取り戻したいと言うお気持ちは分かる。しかし、たとえルクレール家の者であったとしても、個人の感情で未来ある兵士を死地に赴かせるわけにはいかないのです!」

「死地ではありません。わたくしを含め訓練兵にとって、今回の作戦は輝かしい未来への第一歩だと認識しております。」

 ようやく 15 になったひよっこ、それも女の私が指揮をしてザニアを奪還する。貴族連中には納得できるはずもなかった。私は反対意見が出ることは承知していた。そして、それすら説き伏せることが出来なければこれから先も何もないと思っていた。

「陛下!陛下はどうお考えなのですか!?よもやこの娘の甘言に乗るおつもりなどありますまいな?!」

「わ、私は・・・そうだな。アリアのザニアを取り戻したい気持ちも分かる。・・・が、今ザニアに我々が入れば、再び争いが起こるし・・・」

 国王陛下は、とても優しいお方だ。しかし、優しすぎて、際どい政治的判断を下す事ができない方だった。本来は、アルファルドの者がザニアを奪おうとした時点で、行動に移すべきだった。国王陛下があの時アルファルドと対立し、軍事行動を起こす事も辞さないという姿勢を見せていれば、ザニアが丸ごと奪われることなどなかったはずだ。優しいことは、罪だ。誰も陛下を責めないが、私は彼のした事、いや、「しなかった」事は罪だと思っている。

「恐れながら国王陛下。ザニアはアルファルドに侵略され、奪われました。今取り返さなければ、再びアルファルドにわが国は侵略され、最後何もなくなるまで奪われ続けるだけです。戦を起こせば、民が苦しむ?それでは、起こさなかった結果、今、かつてのザニアの民は、アルファルドの植民地支配に怯え、絶望の中で暮らしていますが、それは苦しんではいないと言えますか?本土にいる我らが、彼らを救わなくてどうするのです!」

「アリア殿!国王陛下に対し何と無礼な事を仰るのですか!」

「無礼なことではありません。事実を申し上げただけです。」

「じ・・・事実であろうとなんであろうと、とにかく陛下は争いを望まれないのだ!あなたのザニアを奪還するという要望は叶わなかった!それが分かっただけで良いではありませんか!」

 白熱する大臣らの言葉を遮るように、私は円卓に拳を振り上げた。手が板にぶつかる大きな音がして、静まり返った。

「ここは臆病者の巣窟ですか?誇り高き獅子はどこに?あなた方もブラトフ家と同じように、自分さえ良ければそれで満足なのですか?そして、わたくしのような若輩者に見下されるような小者なのですか?・・・闘わなければ何も手に入らない。取り戻すことだって出来ない。そんなの、初めから何も無かったことと変わらない。もちろん陛下、あなたの存在もです。」

「ア・・・アリア殿!陛下に対し何たる無礼!ここでこのまま反逆者として切り殺されても良いのですか?!あなたのご両親は、あなたが反逆者になることを望んで生かしたのですか!!」

 私はニッコリと笑った。言葉には熱が篭っていたかもしれない。しかし、内面は至って冷静だった。

「わたくしは、白を黒だと言う主の間違いを指摘しただけです。陛下が間違った考えを正すきっかけになるのであれば、この命を捧げても惜しくなどありません。きっとわたくしの両親も天国で喜んで迎えてくれることでしょう。」

 腰に下げた剣を外し、机の上に置いた。首を切り落としやすいよう制服のボタンを外し、床に膝をつく。

 悔いがないと言えば嘘になる。もちろんこの行為は一種の賭けであり、パフォーマンスだ。

「アリア、落ち着いて。父上も、あなた方もです。」

 静まり返った会議室に、ガウェインの柔らかな声が響いた。

「僕はアリアの意見に賛成です。ザニアは元々ラサラスの領土でした。それを取り戻すことはわが国の威信を守ることに繋がります。それにもし奪還作戦に失敗してアリア含む訓練兵を失ったとしても、たかだか一期、百人ちょっとの兵士です。兵士は毎年全国各地より産まれるのですから、大した損失ではないと僕は見ています。」

 次に口を開いたのは、リヴァイだった。

「アリアが指揮することが不安なのであれば、俺に行かせて下さい。たとえ死んでも、所詮俺は第二王子。兄上が生きていれば問題ない。・・・もちろん、奪還できる可能性が高いと見ての話ですが」

「そ・・・そうか。お前たちがそこまで言うのなら・・・」

 流されようとしている国王陛下に、大臣の 1 人が慌て出した。

「陛下!ご意見をお変えになる必要はありません!王子殿下は 2 人とも、まだお若くていらっしゃる!若いがゆえの過ちです!それに、お 2 人ともアリア殿の色仕掛けに惑わされて・・・

「ケレンスキー殿。あなたこそルクレール公爵家の嫡子に対し無礼です。口を慎みなさい。」

「私は元々女性が仕官するなど反対だったのです!政治に女が絡むと碌なことがない!」

 ガウェインが溜息をついた。

「・・・ケレンスキー殿。あなたのこの国を思う気持ちは理解しているつもりです。ですが、僕もリヴァイも、そしてアリアも同じ気持ちです。皆、ラサラスの平和と発展を願っている。それを意見が対立したからと言ってアリアの性別を理由に非難するのは話が違います。女だから何だと言うのです。そもそも、アリアは容姿こそこんなですが、男として考えた方が手っ取り早いですよ。頭の回転はロジカルで速いし、剣の腕もおそらくこの国のどんな屈強な男より、アリアの方が強いですから。」

「そ、そんな話信じられますまい!こんな小さな娘が・・・」

「当たり前です。魔術武術両隊長にアリアが勝ったなんて話、公に出来るわけがありません。」

 ガウェインはケレンスキーが口ごもるのを見てから、国王陛下の方へ向き直った。

「父上。確かに僕たちはまだ若く、実戦についても経験豊富とは言いがたい。だからこそ、ここで経験を積ませては下さいませんか?必ず良い報告をするとお約束いたします。」

 私は追撃をした。

「陛下はお優しく、聡明な方だと存じ上げております。この重大な決断もお間違いになることはないと、わたくしは信じております。」

「アリア殿!そなた、陛下を脅すおつもりか・・・!」

「ただわたくしの感じたことを申し上げたまで。・・・陛下、多少の血は流れるかもしれませんが、わたくしなら流血を最小に抑え、効果は最大にしてみせます。」

 ガウェインが加勢してくれたことが功を奏し、その後国王陛下はザニア奪還作戦を認めて下さった。名目上リヴァイを指揮官、私を補佐役として、 250 期生総勢 105 名で作戦にあたり、その結果誰一人として命尽きることなく、無事ザニアをラサラスの領地として取り戻すことが出来た。

 

 

 気がつくと私は寝間着のまま、ガウェインの執務室の前に立っていた。

 あの日ガウェインが助けてくれたおかげで、ここまで私は私であることができた。あの日の恩と、ガウェインの望む治世を実現させるべく、今度は私があいつを助けたいと強く思ってきた。

 それなのに。はは。我ながら、失笑。まだガウェインに助けてもらおうっていうのか、私は。

 扉の前でウダウダやっていてもどうしようもないので、助けて貰うか貰わないかは別として、取り敢えず話してみようと扉をノックした。

「だれ?」

「わ、私だ・・・」

「アリア?いいよ、入って」

 部屋の中からはいつもの優しい声がした。扉を開けると、机につき、丁度書類をトントンと揃えているガウェインがいた。

「こんばんは。どうしたの?」

「こんな時間に悪いな、ガウェイン。ちょっと話したいことがあって。も、もしもう寝るなら明日にするけど!」

 何と言って話しだしたらいいのだろう。部屋に入ってはみたものの、切欠が難しい。

「大丈夫、もう少し仕事してから寝るつもりだったから。・・・そこら辺に適当に腰掛けて。何か飲む?」

「いや、いいよ。すぐ帰るから」

 ガウェインは書類を机の端に置いた。

「それで、話って何?」

「・・・そ、その・・・・・」

 簡単に言えば、リヴァイのことなんだけど。どう言ったらよいのだろう。

「あ、あの新しく近衛隊に入ったスヴェンのことなんだけど、今度シュルマに行く時に同行させたいと思って」

 私の口から出たのは、どうでもいい(ごめんスヴェン)話題だった。こんな話題、明日の定例報告の時に話せばいいのに。・・・ちょっと躊躇っちゃったんだ。

「うん。彼にも経験を積んで貰わないといけないからね。」

「そう。そうなんだ。それで・・・」

「アリア。本当にそんな話をしに来たの?わざわざこんな夜に、そんな恰好で?」

 うっ・・・。さすがはガウェイン。もうバレバレなんだろうか。しかし、これはそんなに変な恰好か?確かにちょっと布が薄いし肌の露出も多いけど、寝間着としては結構楽なんだが。リボンを解けば一瞬で脱げるし、何よりお前の妻エリザのチョイスだ。

 はぁ。なんて切り出したらいいんだ。なんて思って俯いていると、ガウェインがはっきりと言ってくれた。

「リヴァイの事で来たんだろう?」

 心臓がドキッと鳴った。やっぱりもう観念して、全部話した方が良いのかもしれない。とりとめのない話になっても、きっとガウェインが上手くまとめてくれるだろう。

「・・・アリア、その恰好で足組むのやめてくれない?目のやりどころに困るから。」

「ああ、ごめん。癖でつい・・・」

 確かに、布の切れ間から足が覗く。筋肉質で色気が皆無でも、目のやり場に困るものなのか。

 足を下ろしてスカート部分を引っ張り、太ももを隠した。これで大丈夫だろ?とガウェインに確認すると、ちらっと見てから溜息をつかれてしまった。

「それで?何なの?まぁ、大体は分かるよ。弟が随分強引なことをして悪かったね。」

 リヴァイのやつ、ガウェインに謝らせるなんて。まぁ、私が受け入れればガウェインも謝る必要なんてなかったのかもしれないけれど。問題の解決はなかなか難しいな、と思うと、自然と変な笑いが漏れた。

「はは。・・・その、ガウェインはどう思う?」

「どうって?君とリヴァイの事は、ずっと前からくっ付けばいいのにと思ってきたけど、そういうことが聞きたいのかな?」

「そ!そんな・・・」

 いつもの微笑のまま、さらっと酷いことを言う。

 私とリヴァイがくっ付けばいい・・・だって?私はこれまでもこれからも、ずっとお前の傍に立っていたかった。お前だってそれを許してくれたんじゃなかったのか?今になって、私を否定するのか?

 いや、そんな重大なこと。短絡的に考えて決めてしまってはいけない。ガウェインは私を必要としてくれているはずだ。そうであって欲しい。

「・・・聞き方を変えよう。ガウェイン、お前は私の事をどう思っている?」

「それは難しい質問だね。」

「私はガウェイン、お前のことを何よりも誰よりも大切に思っている。私の役目はお前を守り、サポートすることだ。ザニエ奪還後、お前に誓った思いは今も変わらず胸の中にある!」

 必死だった。この人に認めてもらいたかったから。役に立ち続けていたかったから。

 ガウェインは何故か目を丸くして、腕を組んだまま天井を見上げた。少し逡巡したのち笑って、大きな溜息をついた。

「あー・・・そうか。アリア、君が言いたいことが分かった気がするよ。」

 ガウェインの椅子が音を立てた。

「君は、結婚したら僕のことを守れなくなると思っているんだね?忠誠を反故にしてしまうと。しかも、僕がリヴァイとくっ付けばいいなんて言ったから、自分は僕に頼りにされていないんじゃないかとも思ったんだね?」

 こいつは何て察しが良いのだろう。助かるとともに、心の扉の鍵を簡単に開けられてしまいそうでちょっとどぎまぎする。泳ぐ目を止められないまま、私は小さく頷いた。

「心配しないでアリア。僕だって君のことを大切に思っているよ。僕がこの国を背負う立場になった時、重要な補佐役として傍にいて欲しい。だからこそ、リヴァイと結婚して 2 人で一丸となって僕を助けて欲しいのだけどな。君が結婚したからといって、忠誠心がなくなったなんて思わない。相手がリヴァイなら尚更だよ。逆に聞くけど、アリアはリヴァイとの結婚をどう思っているの?」

 良かった。私の考えは間違っていなかったと安心すると共に、リヴァイについて考えをめぐらせる。

「ガウェインやリヴァイの立場であれば、婚姻に最も必要なのは寵愛ではなく同盟。そういう意味では、ガウェインの治世を心から望む私は候補としてあり得ると思う。・・・あいつに薦めたアークツルスの姫よりも良いと思う。政治的にはそれだけ考えていればいい。いいんだけど、・・・」

 女の政治参加について否定的な男が多い理由。それは、男は論理で考えるのに対し、女は感情で考えるからだ。私は違う。感情よりも論理で考える。・・・と思っていたはずなのに。自分の未熟さに嘲笑してしまうと共に、あいつの事を考えると、自然と頬が緩んだ。

「私は、リヴァイが好きなんだ。大好きなんだよ。」

 アルファルドから帰還し、士官学校に入学した頃から。私が自分で決めた道だったが、心細さは常に胸にあった。それを吹き飛ばしてくれたのが、あいつだった。あいつもあいつで忙しいだろうに、休みのたびに宿舎を訪れ、私の話し相手になってくれた。感謝してる。きっとこの先どれだけ感謝したって、リヴァイに貰ったものの半分だって返せないだろう。

「・・・だったら同盟も寵愛も両方あるってことでとっても良いんじゃないの?」

「駄目なんだよ!」

 思わず大きな声が出た。ごめんガウェイン、ちょっと八つ当たりしてるみたいだね。

「駄目なんだよ。・・・ 10 年以上リヴァイと一緒にいて、本当に本当に、あいつのことが大好きなんだ。きっと、もうこの思いは一種の愛なんだ。だからこそ、あいつには誰よりも幸せになってもらいたいんだよ。そうじゃなきゃ、あいつの親友として私が困る!!」

 ガウェインは私の熱のこもりように引いていたが、その後ちょっと取り乱したことを後悔して顔を赤くする私を見て、困ったように笑った。

「僕の口から言うのもなんだけどさ、リヴァイにとって君と結婚することは凄く幸せな事だよ?」

 幸せなんて。他人が計れるものじゃない。

「ガウェインがそう思っていても、それを私はリヴァイの口から聞いたわけじゃない限り、あいつの考えとして受け入れることは出来ない。それに私は兵士だ。いつ死ぬかも分からない。そんな女をあいつに嫁がせるなんて、許せない。ちゃんとリヴァイの子を産んで、最期まであいつの傍に寄り添える女じゃないと嫌だ。」

「リヴァイの子なら君が産めばいいと思うけど。」

 あはは。乾いた笑いは喉よりもっと奥の方で止まった。

「・・・今まで一度も言わなかったけどさ。」

 いや、今でも口に出すのを躊躇ってしまう。

「なに?」

 わかってるよ、ガウェイン。ここまで言ったら最後まで言うさ。

「・・・アルファルドにいた頃、幽閉されていた城の城主の息子に私は嫁がされる予定だったんだ。」

「それは初耳だね。」

「ただ嫁がされるのならまだマシだが、 10 歳の頃、そいつから直接言われたんだ。その、わ、私は愛玩用の奴隷であり、子を産む機械だというような事をだ。母上が最期に「 13 までにはラサラスへ帰還しろ」と仰ったのも分かる。だからそれで、その・・・私は自分が婚姻したり子を産む、ということに対して、良い感情を持っていない、んだ。」

 だからそれで、が上手に繋がっていない気がする。でも、この胸に支えているものは言葉じゃ上手く言い表せない。

「・・・僕の妻のエリザも愛玩用の奴隷であり子を産む機械なの?」

「違う!そうじゃない!だってガウェインもエリザも、お互いを愛し合っているじゃないか!全く違うよ!」

「では、僕の弟が君の事を「そう」見ているとでも?」

「それも違う!リヴァイはそんな事考えるような奴じゃない!確かに口は悪いけど、頭もよく回るし細かい気配りも出来るし、優しいし頼りになるし剣の腕もそこそこ強いし!あいつ以上に信じられて好きになれる相手はいない!」

 リヴァイを庇おうとして自然と口をついて出た言葉は、ほとんどリヴァイを褒める言葉ばかりだった。その時私は自覚した。無意識にこんなにあいつをべた褒めするなんて、私はよっぽどリヴァイが好きなんだろうな、と。

「ちょっと妬けるなぁ。」

 金色の髪がきらっと揺れた。

「い、いや!ガウェインのことも当たり前に好きだ!でもあいつとお前じゃ関係が全然違うし

「はは、分かってるよ。」

 こうやってからかう所は、ガウェインとリヴァイはよく似てるよなぁ。

 ガウェインは笑いながら立ち上がった。また椅子が軋んだ。・・・その椅子家具屋に調整してもらったらどうだ?

「もういいよアリア。君がリヴァイをどう思っているか、それはあいつに直接言ってやった方が早い。」

 私を見ることなく、ガウェインは扉のほうへ歩いて行った。ちょっと待て。まだ何も解決してないのに、ここでお前は帰ってしまうのか?!

「ちょっと待っ・・・・」

 扉の向こうには、なんとリヴァイが立っていた。すぐに目が合う。おい、どういうことだ。

「アリア。僕は君が弟と共に僕の補佐をしてくれることを願っている。僕は君を未来に連れて行きたい。君がこれからも僕に忠誠を誓ってくれるというのなら、障害など 2 人で乗り越えて来い」

 それだけ言うと、そのまますいーっとガウェインは出て行き、リヴァイが替わりに残された。

 ま、まずい。さっき私が言ったこと。リヴァイに聞かれていたのだろうか。だとしたらどうしよう、合わせる顔がない。

 リヴァイが隣に座ったので、ソファがふわりと動いた。おい、どうして隣に座るんだ。反対側にもソファがあるだろう!

 なんだか視線を感じる。駄目だ、とてもじゃないがリヴァイの方が向けない。

「・・・いつもそんな寝間着で寝てるの?」

「・・・エリザがくれるんだよ。着ないと怒るから、仕方なく」

 そんなことどうだっていいだろう。・・・いや、リヴァイも話題に困ってるのか。

「・・・リヴァイ。さっきの話、ど・・・どこから聞いていた・・・?」

 顔は見れないが、恐る恐る聞いてみる。心の平和のために、確認しなければならなかったから。

「おそらく最初から。お、俺もガウェインに用事があって・・・で、扉の前に来たら話し声が聞こえて・・・いや。悪い。盗み聞きには変わりない。・・でも、アリアが俺のことをそんな風に思っていたなんて知らなかった。」

 やめろ恥ずかしい!あんなこと聞かれたままじゃ、これからどんな顔してお前と付き合っていけばいいんだよ!

 声がうわずらないよう、大きく深呼吸する。

「・・・お前に聞かせようと言ったんじゃない。これからも言うつもりはない。忘れろ。」

「忘れられない。」

 は?こいつ馬鹿か?

「忘れてくれ。」

「絶対に忘れない。一生覚えてる。」

 私は咄嗟に立ち上がり、リヴァイを見下ろした。

 ふざけるな!どうしてこんな時にまで私をからかうんだよ!お前が忘れてくれないと、これまでお前と築いてきた関係が全て崩れるじゃないか!そうなったら私は、・・・私は、どうやって笑えばいいんだ。何を楽しいと思えば、いいのだろうか。

 リヴァイに向けて放つはずだった言葉は頭の中で一回転して、そのまま胸の深いところに落ちていった。私の身体もソファに落ちる。

「・・・リヴァイ、頼むよ。お願いだ。お前には幸せになって貰いたいんだ。お前の親友として、お前の幸福を心から願ってるんだ。・・・私じゃお前は幸せになれない。不幸にしてしまうかもしれない。・・・そんなことになったら、私は自分が許せない」

 私はリヴァイよりも先に逝く。お前の最期なんて、絶対に見たくない。だってほら、想像しただけで涙が出そうになるんだよ。でも、お前の妃にはお前の最期をちゃんと看取って、お前が寂しくないようにして欲しいんだ。

「俺の幸せ不幸せをお前が決めるなよ」

 未来を勝手に想像して勝手にちょっと悲しくなっている間にリヴァイは不機嫌になっていたようで、少し低い声で言った。

「決めてなんかいない。予想できるから言っているだけだ。」

「その予想は絶対に当たらない。的外れすぎるから。」

「的外れじゃない。現に私は・・・」

 リヴァイが私の肩を掴んだ。ここでやっと、私はリヴァイの顔を見た。いつものように飄々として何を考えてるのか悟らせない顔じゃなく、凄く真剣で、切羽詰ったような顔だった。

「アリア。俺の幸福を心から願っていると言ったな。だったら、俺の妃になれ。俺は昔からお前がずっと俺の傍にいることを夢見て来た。」

 リヴァイは何も分かっちゃいない。全然、何もだ。

「そんなの、今だってずっとお前の傍にいるじゃないか!何も妃にならなくたって、親友のままだって・・・ 」

頼む、分かってくれよ。

 リヴァイの手が頬に触れた。顔に触れられるなんて、初めてだ。どういうつもりだ?と私が戸惑っている間に気がつけばリヴァイの顔が迫っていた。ぶつかる!と身体を後ろに引こうとしたが、あいつの大きな手にしっかりと捕らわれ、叶わない。

 目をぎゅっと瞑ると、すぐに唇に何かが触れた。恋愛と縁のない私にでも分かる。この行為は、キスだ。

 馬鹿!馬鹿野郎!!何て事をしやがる!

 あいつの身体を押し返そうと手に力を入れたが、リヴァイの無駄にでかい身体はびくともしない。離れるどころか、より一層、痛いくらいの力を込めて私を包もうとしてくる。

「ちょっ・・・・リ・・・・・・・!!」

 一瞬、目が合った。透明度の高い、きれいな水色の瞳。そして、私が言葉を発した隙をついて、唇を割ってあいつの舌が侵入してきた。

 私は悟った。もう「終わり」なのだと。リヴァイにとって、私はその程度だったのか、と。

 リヴァイは王子だ。別に、キスしたければすればいい。抱きたい女がいれば抱けばいい。けれど、その思いを私に向けて欲しくはなかった。私とあいつは、性別の垣根を越えた関係だと思っていたからだ。

 頬を涙が伝った。リヴァイは本当に大切な存在だった。それを今日、失うのか。

 どんなに舌を絡められようと、どんなにきつく抱きしめられようと、もう抵抗する気にはなれなかった。悲しくて悲しくて、何も出来なかった。

 唇が離れた。荒い息遣いのリヴァイの顔は、未だ近い。

 あいつの瞳を見たら、また涙が込み上げてきた。

「こ、こんなこと!お前、何を考えてるんだ?こんなことされたら、もう・・・親友じゃいられなくなるだろう・・・?」

 出来ればまた、親友として 2 人で笑い合いたい。これまでの関係に戻りたい。

 そんなこと無理だって分かってたさ。それでも、頭と心じゃ理解できることとそうじゃないことが違うんだ。私は一縷の望みに賭けたのさ。

「アリア。「親友」はもう終わりにしよう。」

 まぁ、一縷の望みさ。叶う確率がとてつもなく低いことなんか、賭ける前から分かっていたことだ。それでも、新しい涙が流れるのを止めることが出来ない。

 リヴァイの手が伸びてきた。大きな手は、私の頬に再び触れた。

「アリア。俺はもう、「親友」じゃ物足りなくなってる。お前を抱きしめたいし、キスしたいし、肌も重ねたい。あわよくば、俺の子を産んで欲しい。お前を妃にすることが、俺の幸せなんだよ。」

 お前が私をどうしても抱きたいのなら、身分上私に拒むことは出来ない。きっと私は抱かれるのだろう。けれど、それがお前の幸せに繋がるとは思えない。

「そんな馬鹿みたいな話、信じられない。」

 私の言葉に、何故かリヴァイは笑った。何で今笑うんだ?やっぱりこいつ、頭でも打ったのか?

 でも、笑うリヴァイの瞳が、どうしてか凄く優しいと思ってしまったんだ。

「さっき俺のこと、世界で一番信じているって言ってなかったか?」

「そ!それとこれとは

「違わないさ。素直に信じろよ。俺のこと、愛してるんだろ?」

 心臓の鼓動が早くなって、顔が沸騰していくのが分かった。そんな私を見て、またリヴァイが笑う。さっきよりも大きな声で。

「・・・笑うことないだろう」

 キッと睨んでみたが、どういうわけか今日のリヴァイには効かない。それどころか小動物でも見るような目で私を見ている。意味が分からず固まっていると、またリヴァイの唇が触れた。

「難しく考えるな。俺の思いは単純なんだ。単純にお前を愛しているから、お前を妃にしたいだけなんだ。絶対に大切にするから。納得いかないことがあるなら、何時間だって隣に座って話をしよう。・・・ね?」

 ニッコリと微笑むリヴァイは、何故か晴れやかな顔をしていた。そんなリヴァイから、何故か目を離せない自分がいて。

「・・・少し時間をくれ。」

 多分、私の中でも何かが変化してきているのだろう。

「部屋まで送ろうか?」

 やめてくれ。そのまま布団の中まで付いてこられそうだ。

「そう。じゃあ、これで。おやすみ。」

 またリヴァイの顔が近づいてきたので、今度こそはと後ろに避けた。フン、そう何度も引っかかるか。

「まだ、何も答えてないし許してもない。そういう行為はやめろ。」

 もしも、これまでよりももっと良い関係が築けるのなら、私はお前に流されてもいい。のかな、なんて。

 

2013 October 6 芹沢アツキ


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