ラサラス女神綺譚

第11話 ヒューゴ

 

 

 いつもは頭の上にまとめている髪を垂らし、赤いリボンの付いたピン止めをひとつ。小花柄のワンピースの上に細い毛糸で編まれたうす桃色のケープを羽織った姿は、正真正銘『育ちの良いお嬢様』だった。

「お、ヒューゴじゃないか、珍しい」

 口を開けば、そこから出るのは男言葉。いつもなら気にならないのだが、軍服を脱いだ今はとても気になる。

「今日はお前も休みか?」

 アリアは手に持っていた本を閉じ、俺に質問を投げかけた。

「ああ。家族サービスだ。・・・娘に絵本を買ってやろうと思って。誕生日が近いんだ」

 アリアが軍服を着ていないのと同様、俺も今日は私服姿。しかも家族連れでいる所を見られるなんて、居心地が良いわけがない。早々に会話を切り上げ、この場を去ろう。そう思っていたのだが。

「おとうさま!」

 足にぶつかってきた、・・・いや、抱きついてきたのは娘のメリッサ。

「あら、こんにちはメリッサちゃん。はじめまして」

「・・・こんにちは」

 俺の足にしがみつき、身体を半分隠したまま、メリッサが挨拶を返す。

「・・・おねえさん、だぁれ?」

「私?私はお父上のお友達の、アリアだよ。よろしくね」

「アリア?アリアって、アリアさま?わたくしたちをいつもまもってくださっている、おうじさまとごけっこんされる、あのアリアさま?!」

「こ、こらメリッサ!もう少し静かに・・・」

 注目されるのは出来ることなら避けたい。が、子どもにはそんなこと言っても分からないだろうな・・・

「ヒューゴさま、メリッサがどこに行ったか・・・あら」

 今度は妻の声。・・・はぁ。結局アリアに見られてしまうのか。

「お初にお目にかかります。アリア・テオフィリア・ルクレールと申します。ごめんなさいね、折角のお休み、ご家族でお楽しみのところに」

 こういう言葉遣いの方が、今日のアリアには似合っている。

「まぁ!あ、アリア様!初めまして、わたくしヒューゴの妻の・・・

「ねぇ!おかあさま!アリアってアリアさまなの?」

 ブロシナは人差し指を口にあてつつも、小さな声で「そうよ」と言った。

「妻のブロシナだ。」

 娘に挨拶を遮られたので、俺が代わりに続きを言う。アリアはブロシナとメリッサの顔を見て、最後に俺の顔を見た。・・・なんだその笑みは。言いたい事は分かる。言われなくても分かる。

「お話には聞いておりましたが、メリッサちゃん、奥様似でとても可愛らしいお顔をしていらっしゃるんですね。将来悪い虫が付かないか、さぞかしご心配なことでしょう。・・・でもお父様が『ああ』ですから、十分な牽制にはなるとは思いますが」

 俺だって、メリッサがブロシナ似で良かったと思っているさ。

「アリア様はリヴァイ王子殿下とご婚約されたとか。おめでとう存じます。まさかアリア様ご本人を前にしてお祝いの言葉が申し上げられるなんて・・・」

「わたくしが王子殿下の妻など、役不足だとは思いますが、国民の皆様に認めていただけるよう、一層励みたいと思っております」

 先日、全国民に向けてアリアとリヴァイ殿下の婚約が発表された。俺たちアリアに近しい者としては「ようやく片付いた」という思いであったし、またそうではない国民の大半も、国の英雄であるアリアが王族の仲間入りを果たすことを大いに祝福していた。

 

 

 アリアは士官学校を華々しい経歴とともに卒業してすぐ、俺の指揮する魔術部隊第1部隊へ入隊した。したが、あまりにも要領が良く優秀であったので、魔法科の卒業生ではあるが様々な部署を経験させたほうが良いとヴィクトール参謀長に進言し、半年で武術部隊へ配置換えとなった。しかし様子見ということで武術第2部隊に入ったはずがいつの間にか第1部隊に所属しており、さらにそこでも隊長の手に余ったらしく、結局卒業1年後には、ガウェイン殿下のもとに近衛隊が組織され、そこに収まっていた。

 そしてその1年後、再びアリアが姿を見せた。正確には、俺がヴィクトール参謀長の執務室へ呼び出され、行ってみたらそこにアリアがいた。

「明日からアリアを魔術部隊総隊長とするが、よいな。ヒューゴは第1部隊の部隊長への降格となる。順次降格としてもいいんだが、いろいろ相性もあるだろうから、そこはアリアと相談しながら、お前が決めてはくれぬか。」

 もともと、アリアの優秀さは一部の懐疑的な貴族連中を除いて皆の知るところであったし、俺も目の当たりにしていた。だから、俺が 15 年かけてようやくたどり着いた魔術部隊総隊長という地位をあいつにあっさり奪われたところで、それは能力の差以外のなにもののせいでもないということは理解していた。しかし、それでも、やっぱり俺は悔しかったのだろう。

「承知いたしました。」

 参謀長の言葉を拒否する権限など、当時はもちろん今の俺にだってなかった。言葉ではアリアの昇進を受け入れていても、完全には受け入れられない自分もいた。しかし、アリアにはそんなことすら見透かされていた。

「ヒューゴ殿、これから少し、付き合ってはくれませんか?」

「・・・どこへ?」

 アリアは静かに微笑み、扉を開けた。我々の足音が長い廊下に響く。ランプの明かりが揺れた。アリアは何も喋らなかったし、俺も喋らなかった。しばらく歩き、いつもの練兵場へ到着した。そこでアリアがようやく口を開く。

「勝負しましょう。ここなら誰に危害が及ぶこともありません。」

「・・・何を賭けると言うのです」

 もしも自分が勝ったら、魔術総隊長として認めてくれと。俺はアリアがそう言うと思っていた。

「簡単な話ですよ。もし私が勝ったら、敬語をやめてはくれませんか?もちろん、私も敬語を使うのをやめますけど。」

 その時、ひとつの「もし」が俺の頭に過ぎった。先ほど思ったとおり、もしも自分が勝ったら俺の地位を奪うことを認めるようにアリアから求められたとして、実際にアリアが勝ったとして。それで俺は素直に受け入れられるのだろうか、と。

「あなたは公爵家の姫、俺は平民です。あなたが俺に敬語を使う必要などありません。俺が敬語を使うのも、世間一般の常識に照らし合わせれば当然のことです。」

「ですから、その常識を取っ払って欲しいと申し上げているのです。」

 噂話に興じる趣味などなかったが、それでも聞こえてくるアリアの武勇伝は非常に興味深かった。しかし、面と向かってあいつと話すと、あいつから直接語りかけてくる言葉は噂話よりも何倍も興味深く、こちらの関心を引いた。

「それでは、俺が勝ったらあなたは何を?」

 どんな答えが返ってくるか、俺は期待していた。期待以上のものを与えてくれるのではないか。俺は自分より一回り以上年下の女性に、これまで誰に対しても抱くことのなかった気持ちを抱いていた。

 アリアは自信たっぷりに、ゆっくりと、そして上品に言った。

「あなたのお好きなように。煮るも焼くも、ご自由にお命じください。」

 俺はこのとき、完敗を確信した。そして、アリアの覚悟を理解した。

 アリアの目指すところは、総隊長なんかじゃない。もっと上の、それこそ将来ガウェイン殿下と肩を並べ、ラサラス王国の全てを目と耳で感じられるところだ。きっと参謀長もそれを見越した上で、今回の昇進もその第一歩としてしか認識していないのだろう。

 アリアは『常識』を取っ払って欲しいと言った。今回の昇進の話は、 18 歳のまだ新兵と呼ばれる年齢の者にとって常識の範疇を超えた異例中の異例の人事。そもそも、女性であるアリアが士官学校に入ったことも、アリアがザニア奪還を成し遂げたことも、いや、もっと前だ。アルファルドからひとり帰還したことから、何から何まで常識では考えられないことばかりだった。これまで全てにおいて、常識からはみ出しているアリア。これからもどれだけの常識を外れ、俺を驚かせてくれるのだろうか。アリアの創る未来が見たい。そしてその未来、アリアの手足となって、あいつの目指すものに近づく手助けをしたい。

 年下だから、新兵だから、女だから。もう俺にはそんなものどうでもよかった。『アリア』という人物は、そんな矮小なものさしでは計れない宇宙を秘めていたから。俺にはとても眩しいものに思えた。 

「負けたよ」

 大口を開けて笑う俺に、アリアは怪訝な顔をした。

「ヒューゴってそんなに笑う奴だった?何か気持ち悪いな」

「俺だって、自分がこんな大声で笑えるなんて思わなかった」

「負けたんだぞ?負けたのに何で笑うんだ?お前、変な奴だな」

「アリアのことは最初から、変な奴だと思っていたさ」

「失礼な!こう見えても、ヴィクトールのじじいには『素直ないい子』と思われているんだからな!」

 こともあろうに、アリアは国王陛下の姉君の配偶者である参謀長の事を「じじい」呼ばわりし、尻餅をついている俺に手を差し出した。

 俺より 50 センチ以上も低く、体重だって俺の半分程度しかないくせに。お前に俺を立たせることができるのか?俺はアリアを引き倒そうという思いで、その小さく細い手に自分の大きくごつい手を重ねた。ぐい、と引っ張られたのは、俺のほう。

「この俺、ヒューゴ・デオドリックは、今この瞬間からお前の部下として、お前が思い描くラサラスを創る手助けをしよう」

「・・・そういう事は、私を見下さずに言ってくれないか?」

 

 

 

 

時は戻り。

「メリッサちゃん、もうすぐ誕生日なんだって?いいね〜!何歳になるの?」

「よん・・・ごさい!」

「そうかー良かったね〜!プレゼントはもう決めた?」

 アリアが腰を屈ませ、メリッサと視線の高さを合わせながら喋っている。あいつより背の低いやつは城にはいないので、俺は今もの凄く希少価値の高い光景を見ている気がするのだが。

「まだきめてない・・・わたし、・・・おとうさま!わたしアリアさまのこれがいい!」

 メリッサはそう言い、アリアの肩にかけられたケープを引っ張った。

「こ、こらメリッサ!アリア様になんてご無礼を!」

「ええ〜!わたしこれがいい!ピンクのが、かわいい!」

 アリアがどれだけの身分なのか、子どもであるメリッサには分からない。ブロシナが必死にたしなめようとするが、子どもならではの頑固さでまったく引こうとしない。・・・こういう場はどうやって治めたらよいのだろうか・・・

「アリア、すまない。メリッサはあとでちゃんと言い聞かせておくから・・・

「い、いいよヒューゴ。メリッサちゃん、このケープが欲しいならあげる。でもお誕生日のプレゼントは、これとは別にちゃんとお父様に買ってもらいな

「いや!!」

 何故かここで、メリッサ渾身の拒否。俺は育児には出来るだけ携わってきたつもりだったが、触れ合いが少なかったのだろうか。もっとメリッサのことを理解できるようになっていれば、何故ここで「いや」の言葉が出るのか、分かったのだろうか。

「わたし、アリアさまとおそろいがいい!」

 ・・・おそろい?

「おとうさま!わたし、プレゼントはアリアさまとおなじこれがいい!あんで!おとうさまならじょうずでしょう?」

 なるほど、そういうことか。と合点が行くと同時に、本屋の中にいる客に、俺の趣味がばれたことを悟る。身長 2 メートルを越え、顔もごつい大男の趣味が編み物なのだと。・・・やはり、アリアに会ったと同時にこの店を出ておけば良かったのかもしれない。

 

 結局俺は、マフラーを 2 本、編んだ。色違いで、桃色を娘に、そして白い方をアリアに渡した。娘が望むのがアリアとの「おそろい」だったのだから、しょうがない。しかし後日、アリアがそのマフラーを身につけている姿を目にする度、複雑な気持ちになるのだった。

 

2014 March 14 芹沢アツキ


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