ラサラス女神綺譚

第13話 クレメンス

 

 

 11 歳当時、俺の身長は既に 170cm を越えていました。一方のアリアは 140cm 。髪の毛は平民男子のように短く、体も風が吹けば飛ぶほどの厚みしかない薄っぺらい女の子でした。

「申し訳ございません。ちょっとお伺いしたいのですけれど、この教科書、間違いが多いと思いませんか?」

 それがアリアからのファーストコンタクト。アリアがアルファルドで数年過ごしていたことは周知の事実でしたが、どうやらそこで勉強に使った書物が 100 年は昔のものばかりだったらしく、士官学校に編入したばかりのアリアは古文でしか文章を書くことが出来ませんでした。丁度隣の席だったので、アリアに現代語を教えつつ、それから話すことが増えました。

 編入後数ヶ月で学業に関しては学年主席になったアリアに対し、俺は全て平均よりまぁ上かな、ってくらいでした。勉強でも何でも自分がちゃんと分かって実戦に活かすことが出来ればいいのだし、平民の俺が無駄に目立って面倒なことになるよりは、周りに埋没していた方が楽だからっていう思いがあってのことでした。もちろん、そんな不真面目な話誰にもしませんでした。けど、ある日、アリアに言われたんです。

「クレメンスはもっと頑張ればいいのに。そうしたらもっと上に行けるのに。」

 いやいや、と。それはワザとなんだよ、と。でも、アリアに言って怒られるのも面倒だったので、そのまま流そうとしたんです。「これが俺の実力ですよ」って。そしたらアリア、何て言ったと思います?

「そんなわけない。試験で手を抜いているのは知ってるし、それはクレメンスなりの考えがあってのことでしょう?そこを責めてるんじゃないんだ。クレメンスは多分、自分で思っているよりも限界がもっと上にあるんだよ。見ていてそう思うよ。世の中にはいろんな役割がある。クレメンスが目立たないように生活していることも、その中のどれかの役割に凄く適合すると思う。でもね。もっと自分を高めたほうが、もっと上を狙えるよ。あなたはきっと、普通の兵士で終わるにはもったいない能力を持っている。」

 アリアと実際に付き合ってみて、彼女が周りの訓練兵から言われているような物好きな貴族の娘じゃないことを俺はすぐに悟っていました。けど、俺はその当時何を言ってるんだこいつって思ったわけです。

 次の年にはアリアは魔法科へ、俺は施設科へ進み、クラスは離れたもののそこそこ付き合いは続いていました。授業で一緒になることもあったから、一緒に行動することもありました。 14 になって、ちんまいアリアが普通科主席のエグモントに剣で勝ったと聞いた頃、アリアに呼び出しを受けました。何かと思ったら、どうやらシュルマがアルファルドに狙われているらしい、と。しかも、中央貴族が裏で手を引いている、と。そんな国家を揺るがすような大きな問題をどうやって士官候補生が知りえたんだとか、それを俺に言ってどうするんだとか、いろいろ考えたんですが。

「クレメンス。お前は自分と言う存在を主張しない代わりに、他人の本質をよく見極める術を持っている。近々その貴族とアルファルドの者の密会が行われる。そこへ潜入してくれないか?証拠を掴んできて欲しい。もちろん現場へ私たちも行くし、お前に危険が迫ったら必ず加勢する。」

 正直、びっくりでした。施設科の俺に、どうしてそんな重要な役目を与えるんだ、って。ちょっと俺の事を買いかぶりすぎなんじゃないか、そもそも何故そんなに俺を気にかけてくれるのかって。俺はアリアに聞きました。

「そんなの簡単なことだよ。お前がひときわ光って見えたからだよ。買いかぶってなんかいない。お前にはそれだけの価値が存在している。」

 俺、実は昔、両親に虐待されていたんです。 7 人兄弟の丁度真ん中に生まれて、兄たちは家業を手伝ってるし、下の弟や妹たちはまだ小さくて親が付きっ切り。俺はいつも放置されていました。でも、そのくせ図体だけは小さい頃からでっかくて、服はすぐ小さくなるし食べ物も家の物全て 1 人で食い尽くすくらいの勢いだし。しかも無駄に頑丈だったから、殴る蹴るも日常茶飯事で。

 放置されるか、暴力を振るわれるか。そんな生活から抜け出したくて、俺は士官学校へ入りました。誰かに認めて貰いたかった。でも、あの地獄の日々のように悪目立ちしていじめられるのも嫌だった。だから成績はほどほどでいいやって思っていたわけなんです。

 アリアは何気なく言った言葉かもしれない。でも、俺はその言葉に凄く救われたんです。ルクレール公爵家という、貴族の中でも高貴な血に生まれつつも、誰よりも過酷な運命を必死で生きているアリア。太陽のように皆が求め、眩しい光を放つアリア。そんな彼女が俺のこと、「光って見える」って言ったんですよ?俺はその時、初めて「必要とされている」ことを感じました。そして、これからもアリアについていこうと思ったわけです。

 そして現在。

「ねぇクレメンス。アリア知らない?」

「先ほどリヴァイ殿下の執務室へ入られるところを見ました。」

「ふぅん・・・そう。」

 ニヤニヤしながら悪巧みをするこの人が、俺の主(あるじ)になりました。

「よし、リヴァイの部屋を訪ねてみよう。多分面白いものが見れるよ。」

「御意。・・・国王陛下への定例報告はいかがなさいますか?」

「そんなもの後でいいよ。こっちの方が楽しいに決まってる。」

 多分、この国の誰もがガウェイン王子殿下の事を誤解しています。この方は誰より、リヴァイ王子殿下よりも色濃く母君の血を引いていらっしゃいます。

 リヴァイ殿下の執務室前に到着しても、ガウェイン殿下はなかなか扉を開けようとはなさりません。それどころか人差し指を立て、扉にそーっと耳を付けて。

「リヴァイ!!まっ・・・待っ・・・・・・」

 アリアの焦った声が聞こえたところで、殿下はようやく扉をノックなさいました。そして反応を待たずささっと扉をお開けになりました。表情が生き生きしていらっしゃいます。

 扉の向こうでは、リヴァイ殿下がアリアを押し倒していました。アリアの友人として、アリアにも女性として愛する対象が出来た事を喜ばしく思うとともに、この「無理やり」「押し倒されている」状況に些かの怒りも覚えます。

「・・・リヴァイ。正直に答えろ。この状態はアリアの同意あってのもの?」

 ガウェイン殿下は真剣な顔をしていらっしゃいますが、全て計算づくでしょう。だってさっき、入るタイミングを見計らっていらっしゃいましたし。

「もちろん!」

「違う!待てと言った!!お前が無理やり組み敷いたんだ!」

 アリアに対し恋愛感情は持ち合わせてはいませんが、大切な友人の 1 人です。俺の中でのリヴァイ殿下の評価は今大暴落しています。

「・・・もう1つ聞く。君たちは結局婚約したのかな?」

「した!」

 アリアも肯定してか黙っていますが、だからと言ってリヴァイ殿下の株が戻るはずがありません。

 ガウェイン殿下がいつもどおりの笑顔に戻って言いました。

「そうか、おめでとう!エリザもヒルダもきっと喜ぶよ。それではクレメンス、このことを公式に発表する手配を。結婚式は・・・そうだね、早い方がいいな。アリアの気が変わらないうちに済ませてしまおう。日取りについても調整しておいてくれるかい?」

「御意。」

「ああ、それとリヴァイ。いくら婚約したとは言え、手を出すのは結婚式の後にしておきなさい。僕はばれないようにしたけど。」

 ガウェイン殿下はとても頭の回る方でいらっしゃいます。彼の仰る様々な発言には、いろんな伏線が隠されています。今回も当然、そうです。

 退室してからも、ガウェイン殿下は扉の前で息を潜めていらっしゃいました。きっとこの後、もう一度面白いものが聞けるとお思いになられたのでしょう。

「・・・サカるんじゃない!!!」

 ほら、この通り。アリアの怒鳴り声を聞いて、ガウェイン殿下は満足げに廊下を後になさいました。

「クレメンス、リヴァイをどう思う?」

「まだまだ脇が甘いですね。」

「だろ?」

 そう仰って、ガウェイン殿下はくすくす笑っています。

「じゃあ、アリアのことをどう思う?」

 俺は少し考えました。

「・・・正直、リヴァイ殿下には勿体ないです。」

 忌憚のない、正直な意見をお伝えしました。

「あはははは!やっぱり君もそう思うよね!でも、リヴァイを活かすためにはアリアとくっ付いてもらわないといけないんだ。アリアだけなら今のままでも十分有能なんだけど。我ながら情けない弟だよ。」

 リヴァイ殿下、ご心配なさらぬよう。ガウェイン殿下のお求めになるレベルが高すぎるだけなのです。決してあなた様が無能だと仰っているわけではないのですよ。

 心の中でリヴァイ殿下にフォローを入れていると、ガウェイン殿下がニヤリとなさいました。このお方は本当に、人の心を読むのがとてもお上手です。

「僕はあいつの成長性に期待してるんだよ。アリアと一緒にいることで、僕の補佐としての立場を弁えた行動を取れるようになってくれたら、とね。大丈夫、君の働きについては至極満足しているよ。」

 リップサービスですね。ありがとうございます。

「俺も、殿下のお傍にいることをいろんな意味でとても楽しませて頂いてます。」

「いろんな意味で、ね?」

 そう言って、ガウェイン殿下はまたお笑いになりました。アリアのように直接的な物言いもとても好きですが、殿下の常に腹の中を探り合っているような物言いも、とても面白いと思います。

 

2014 March 14 芹沢アツキ


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