兎が海に溺るるが如く

第13話 風が運んできたもの

 

 

  ―やあ、ユズ。まちくだびれてしまいましたよ。

「久しぶり。待ちくたびれたって、そんなに?」

  ―ああ、その声、その姿。逢いたくて逢いたくて、私が恋い焦がれていたものだ。貴女との逢瀬はもう二度と出来ないのかと、私は夜も眠れなかった。

「ハル、どうしたの?そりゃ少しだけ久しぶりだったけれど・・・」

 ―ゆず、私を選びなさい。貴女を最も愛しているのは、私を置いて他にはいない。貴女の事を理解できるのも、私だけ。

「ハ、ハル?ちょっと待って、急にどうしちゃったの?」

 ―ゆず。いくら多少見た目のいい、優しそうな男に求愛されたからと言って、なびいてはいけません。貴女には、私がいる。

「優しそうな男?・・・せ、先生のこと?そ、そんな、私は別に」

 ―別に何とも思っていない、と?だったら、どうしてあれ程までに心を乱されているのです。

「そりゃ、急にあんなこと言われたら誰だって動揺するよ!」

 ―私は貴女に逢えない事が、気が狂いそうな程苦痛だったというのに、どうして貴女はあんなに楽しそうに毎日が過ごせる?

「・・・ハルは、単なる、私の夢でしょ?」

 ―私が本当に実在していたら、貴女はどうしますか?私が現実にいたら、私に恋していた?これから現実で出逢えたなら、貴女は私に恋してくれる?

 

 

 今夜は、満月。

 朔からの着信が3度あったが、楪は一度も応答しなかった。用件はきっと、満月のことだったのだろう。優しい彼のことだ、きっと楪を心配して、そして傍にいてくれようとしたのだろう。それでも、楪は朔からの告白に明確に答えておらず、気まずい関係のままだったので、敢えて楪は無視した。合わせる顔がない、そう思って。

 血が騒いだ。それでもマギを積極的に使おうとしない楪を咎めるように、頭痛、それも偏頭痛が楪を苦しめた。本を見ても文字が所々チカチカと抜けて見え、いつもはなんともない日差しが、目玉から直接脳を刺激する。・・・にも関わらず、大量にあったはずの頭痛薬は底を尽いている。どうしようもない。楪はフラつく足取りで薬を買いに出かけた。

 一歩一歩が頭に響く。人の話し声も、耳を劈く不協和音となる。そして、極め付けがこの異臭。 周りを森で囲まれた楪の家では全く分からなかったが、市街地に向かうにつれてそれは酷くなっていた。まだ月が欠けだすには時間があるのに、吐き気が込み上げてきそうだ。

「‥この匂い、今日はどうしたんですか?」

 やっと辿り着いた薬局で、楪は店員に尋ねた。

「匂い?どんな匂いですか?」

 店員にはわからないようだ。あまりにも強すぎる為に臭覚が麻痺してしまったのか。

 それともこれは、・・・・・・いや、それはないだろう。幾ら何でもこの腐敗臭は酷すぎる。それにどこか、普通とは違った臭いのような気もする。

「…そうですか。それならいいんです。それじゃ、ありがとうございました」

 激しい痛みの中、深くは問いたださずに薬局を後にした。

 帰りの馬車を待っていた時だった。

 強烈な匂いの塊が風に乗ってやってきた。あまりの異臭に顔をスッポリと覆われてしまったように、息ができなくなる。軽い目眩を引き起こし、楪は地面にへたり込んだ。

「どうしたの?お嬢さん、大丈夫?」

 隣に並んでいた老人が心配し、声を掛けてきた。しかし、彼もまたこの異臭に気付いていなかった。

「本当に、ニオイ、しないんですか?」

 突然、警報の鐘の音が高々と鳴った。

 遠くから兵士が数人走って来るのが見える。そして彼等は何かを叫んでいた。

「ただちに建物の中へ避難して下さい!!」

 避難?ということは、やはり。楪は確信した。

「なんだ?!一体どうしたってんだ?避難ったって何も‥」

 先程の老人が数歩前へ踏み出した。彼は若い兵士に自分の状況を聞くのに精一杯で、近付いているものに気付いていない。

 言い終わらないうちに、彼は数十メートルも飛ばされた。楪の目の前で、煉瓦がガラガラと舞った。

「魔物だ!!」

 誰かが叫んだ。

 そう、魔物だった。

 老人を吹き飛ばしたのは、双頭の獣。大きな体に似合わず、風のように素早い。

 物凄いスピードで近付き、鋭い爪でレンガごと引っ掻いた。体が向かいの家の壁へ叩き付けられると、すぐ後ろに控えていたもう一匹が駆け寄り、ヌラヌラと唾液で光る牙で腸を引きずり出した。

 ・・・食べている。

 歯に長い腸をからませたまま、2つの頭は咆哮を轟かせた。まだ人間を殺し足りない。食べ足りない。そう言っているのだろうか。

 絶命した老人への興味はすぐになくなり、 逃げ惑う人々を次々に襲い始めた。

 

 

 魔物とは、穢れた魂のことだ。生物はみな、魂を持って産まれる。死んだ時に浄化されることで、地に還り、新たにマギと融合し、再び魂として生を受ける、と考えられている。しかし死んだ時に浄化されないまま放置されると、次第に魂が穢れていき、最期には『堕ちる』、つまり『魔物』へと変化してしまうのだった。

 小動物であれば、自然に存在するマギの自浄作用により浄化されていくが、人間のように欲深い生き物は、自然の浄化は期待できない。そのために『召喚士』が存在し、彼らが『葬儀』を執り行うことによって、魂を浄化させ、魔物の出現を食い止めているのだが。

 

 

 ここは市街地、人が死ねば、召喚士が葬儀をする。周辺で諍いがあり、そこで魔物が現れたとしても、焔の、しかも第1地区に侵入できるほど、この国の軍備はザルでもない。

 魔物は2体、双頭のオルトロスらしきもので、3メートルの体躯。

 さて、このことから導き出される答えは。

「危ない!」

 動きの悪い頭を精一杯動かしての考え中、誰かの危険を知らせる声が聞こえた。しかし、振り向く前に楪は身体に強い衝撃を受ける。

 視界の端にかろうじて捉えたのは、3体目の魔物。楪は道路を挟んで反対側に建っていた家の壁にぶち当たった。レンガは崩れ、土煙が舞った。

「・・・今の、楪さん!?」

 彼女を知っている誰かが叫んだが、楪の返答はない。

 至る所で同じように土煙が上がり、綺麗に舗装された道路はえぐれ、血に染まっていく。

 平和だった街が、3体の巨大な魔物の出現により、地獄と化していた。まさかこんな事態が起こるとは夢にも思わなかったのだろう、軍の配備も作戦も間に合わず、人々はただ蹂躙されるのみだった。

 

 人々の悲鳴と獣のうなり声、そして瓦礫の崩れる音が支配していた場に、1つの銃声が轟いた。

 それと同時に幾つもの小さな魔法陣が宙を舞い、負傷した人々を次々に陣の中に取り込んでいった。取り込まれた人は凍ったかのように、ぴくりとも動かない。

 もう一度、銃声がした。次は巨大な魔法陣が現れ、魔物が現れた一帯を包んだ。

 そして、3度目の銃声。白く光る矢となって、2体の魔物を貫いた。光が弾けるように、魔物の体は飛び散り蒸発した。

 何が起こったのか、把握できる者は誰もいない。当事者の、楪を除いては。

「誰も動かないで!」

 魔物の手によって、民家の壁にぶち当てられたはずの楪が、銃を持ってそこに立っていた。

 楪は匣を取り出し、長いコードを打ち込む。

「テラ=ヴィーア蘭国焔州第1地区シウシン城城主およびテラ=ヴィーア蘭国焔州第1地区劉山召喚士長に告ぐ。現在同国焔州第1地区にて魔物と思しき生物が出現。3世界国際法第3条5項に抵触の可能性により、 M 機関が介入する。なお、現場の指揮は暫定として M 機関所属ミスティック隊員13番、『ユズ』があたるものとし、全ての通信はガイア M 機関が傍受する」

 ミスティックはあらゆる属性に関係なく、戦争中でも総指揮権を横取りできるほどの大きな権限が与えられている。楪にもそれは同じで、焔州の総指揮官である城主と同等の権限など、所定の手続きを踏むだけで簡単に受け渡される。

「シウシン城城主、アデルバート・ベアントセン中将へ。蘭国全ての関所を閉鎖、1つの関所につき兵士50名を配置せよ。また、焔州、蚋(ゼイ)州、瑠(リュウ)州の関所については、追加100名の派遣を要請する。部隊割合は、魔術7、武術3。それと、百名単位の魔術小隊を最低3、武術小隊を1、補給班 30 名を座標132、122、5、5、231まで派遣されたし。また、地下所属兵士を 50 名、別動部隊として準備を。以上。・・・劉山召喚士長へ。現在深度7以上の汚染が広域で拡大中。深度3以内の地域へ派遣中の召喚士または待機中の召喚士を最低 50 名派遣されたし。派遣場所は後の通信で追って伝える。」

長い口上を言い終わると、楪は目を閉じ、深く長く息を吐いた。そして、目を開ける。瞳の色は赤く変化していた。

「ああそれと最後に、 M 機関本部へ。応急処置は私が行いますが、私は単なる住民なので、速やかに他のミスティックと、ソード数名の派遣を願います。また、標本を送るのでワンドとベルにそう伝えてください」

 蘭国は梨露を中心に、焔をはじめとする 5 州が周りを囲み、さらにその周りを6州が囲んでいた。焔州、それも第 1 地区というのは、蘭国の中心地梨露(リロ)に最も近い。そんなところに魔物とおぼしき生物がやってきたのだ。穢れなど払いきっているはずの都市に、魔物が現れた理由、それも前触れもなく。そんなものは、人為的なもの以外に考えられなかった。

 人為的なものと言えば、楪には心当たりがある。

「ねぇ、オルトロス。・・・いや、元は牛鬼とピシャーチャってところかな」

 楪は低い唸りを上げる魔物へと近づき、その名を呼んだ。ついつい、口元が上がってしまう。静かな声ではあったが、威圧感に魔物は怖じ気付き、ぶるぶると下がる。

「あとでたっぷりお話をしましょう。」」

 楪は、魔物に向かって銃を構えた。銃口がぽうっと光ったかと思った瞬間、大きな音と共に魔物の体は光に包まれ、小さな塊となって地面へ落ちた。魔物は楪の迫力に押され、逃げる余裕すらなかった。

 楪はなんて事ないただの落し物を拾うように、結晶となった魔物を拾った。静寂に包まれた広場に、再び楪の声が響いた。

「私はガイア、 M 機関ミスティック部隊 13 番隊員、『ユズ』。今回、後続の機関関係者が到着するまで現場での指揮を執ります。蘭国軍は私の指揮下に入り、現場管理及び怪我人救出にあたること」

 人々が呆然と見つめる。

 魔物複数体の襲撃はおろか、あの楪がまさかミスティック、「魔聖」と呼ばれるほどの導師だなどと、誰も想像だにしていなかったからだ。

「あの楪さんがミスティック?そんな・・・いやでも実際に、魔物をいとも簡単に倒してるし・・・?」

 誰かがぽつりと漏らした。

「こ、・・・これは夢?・・・じゃないよな・・・?」

 

* * *

 

 楪の先天属性、つまり生まれながらに得意とする魔法の属性は、回復や補助を得意とする祝福属性だった。しかし、それは何故か対自分のみに特化しており、今回のような場合には全く役に立たなかった。

「ユズ!」

 誰かが後ろから親しげに名前を呼んだ。男の声だ。

 楪がゆっくりと振り向くと、その男は両手を広げ、満面の笑みで歩み寄ってきた。

「ユズ!久しぶり!元気してたかい?」

 淡い栗色の髪。彫りの深い、石膏像のように整った顔。世界中の女性を魅了する、甘いマスク。

 そのまま楪に抱きつこうとしたが、右手を出して「おやめなさい」と言わんばかりのポーズの楪に、宗世はしぶしぶ従う。

「‥宗世…もしかしてあなたが担当?」

 彼は葡萄色の制服を身に纏っていた。ミスティックの正装。つまり、仕事でこちらへ来たというわけだ。

「そうだよ。たまたま家の仕事でテラに来ていたものでね。ユズはどうしてこんな所にいるんだい?君ってそんなにボランティア精神旺盛なタイプだったっけ?」

「私はただの住民。今ここに住んでるの。」

「そうだったのか。じゃあ今度、僕を君の家に招待してくれない?泊まりでもいいよ。むしろ泊まりがいいかなぁ」

 楪は目を瞑り、深呼吸をひとつ。

「宗世、あのね。今そんな話したくない。どうしてもしたいなら、仕事を済ませてからにして。」

「ああ、ごめん。久々にユズに会えて嬉しくってさ」

 白い歯を輝かせながら笑ってから、宗世は腰に手を当て、あたりを見回した。

「・・・ん?この魔法陣、全部ユズが1人で動かしてるのかい?」

「そうよ。だって私、治療下手糞だから。」

 治療がすぐに出来ないため、楪は負傷者に時魔法を掛け時間を止めることで、出血や汚染が広がらないよう処置していた。魔法陣に取り込まれた人々がピクリとも動かなくなったのは、楪の魔法のせいだった。

「それにしたってこの数、君もしんどいんじゃない?マギがすぐ枯渇するだろう。・・・ほら、現に君、顔色悪いし、汗も」

「私なら多分あと半日は余裕。この顔色は、単に体調が悪いだけ。マギは出来るだけ使った方が、今日は体調が回復するから」

 宗世が怪訝そうな顔で見つめる。

「・・・なにそれ?」

 楪は赤い瞳で睨み返した。

「いいから早くやってよ。・・・ここはもう一度大規模に祓っておいた方が安心かもしれない。それと、これあげる。」

 彼に先ほどの結晶を手渡した。魔物を封じ込めてはあるが、1日ももたないかもしれないと。

「詳細はあとで話す」

「ああ、分かったよ。君は適当に休憩してて」

 宗世はそう言って、自分の着ていた制服を脱ぎ、楪の肩へとかけた。楪が着ていた服は大きく破れ、肌が露になっていたから。

「それじゃあ、」

 周りの人々に聞こえるように言う。

「私は M 機関ミスティック部隊 8 番隊員、『宗世』。同隊員ユズに代わり、これからは私が指揮をとります。」

 取り敢えず、楪にとってはひと安心。目を閉じると、瞳の色が落ち着いていくのが分かった。瞼がひんやりと冷えていく。

「ミスティック様!召喚士の手配の件ですが、ーー」

 楪は意識を手放した。あとは宗世がやってくれると、安堵したから。

 

* * *

 

 宗世は元々召喚士で、そこからミスティックとなった。そのため、一度に祓える領域は楪をはるかに凌ぐ。楪は召喚士を 50 人送るように要請していたが、宗世のおかげで数人で事足りた。

「あれっ?ゆず?!」

「・・・病院に連れて行こうとしたんだけど、兵士がこちらにユズの主治医がいると聞いてね。ユズがお世話になっている医務室はここであっているかな?」

 宗世の言葉に返事もせずに、朔は慌てて脈をとる。

「よかった、生きてる・・・」

 生気を失った頬を撫でた。

 ここに、そんな朔の動作を快く思わない者が、ひとり。

「・・・僕の言葉に対する返答はいつ貰えるのかな?」

「え?‥ああ、ここはサジュマン城第1医務室で合ってるよ。俺がゆずの主治医。朔・メルカです」

 この若造が?とは口にも顔にも出さない。宗世は営業スマイルのまま続けた。

「・・・そうか、それならばよかったよ。僕はミスティック隊隊員、宗世・ R ・アッカーマンだ。」

「よろしく。取り敢えず彼女を寝かせるから、‥いいかな?」

 普通、大抵の一般人は『ミスティック』であると言うと態度を変える。名前を出すと更に恭しくなる。それもそのはず、宗世は魔法に精通していながら、ガイアの超大国フェリンズの皇太子でもあるのだ。

 対して朔は、軽く愛想笑いをしただけだった。なんだそれは。まるで肩すかしをくらったようだ。それどころか、この医者と名乗る男は容姿も悪くない。しかも僕のユズのことを同じく親しげに呼ぶし、まさかユズをたぶらかそうとしているんじゃないだろうな。

 ちなみに奥の机で仕事をしていた2人の女性は 、まず宗世の着ていた(正確には楪に掛けられているが)制服を見て驚き、名を明かした後にも驚き、今は頬をほんのり染めながら宗世をうっとり見つめている。

 ふん、あれが普通の反応なのだ。なんて、宗世はひとり奢る。

「いや、あまり揺らしては良くないから僕が運ぶよ」

 この男の反応にイラつかされる部分はあったが、楪を腕に抱いている以上、自分が優位である事に変わりはない。あまり快く思っていなさそうな朔を無視し、宗世はひとりベッドのある方へ歩いて行く。

「あ、ゆっくり、こちらに。」

 朔は慌てて駆け寄り、タオルケットをはぐった。その後「ちょっと待って」と言う。何かと思うと、楪の靴を脱がせようとしたのだった。

 それも当然。ベッドの中はどうあっても土足禁止だろう。 

 ユズの足に触るなんて…!!

 しかし、この状況を作り出した原因は、朔が代わりに運ぼうとしたのを宗世が拒否したことにあった。もしあの時自分が代わっていれば、今頃自分が靴を脱がせていたところだったのに、といくら宗世が思ってみた所で、過去は変えられない。

 全ては自業自得なのだ。宗世は密かに涙をこらえる。

 ベッドに下ろすと、楪が目を開けた。

「「ゆず!」 」

 2人の男が楪を見つめる。

「・・・あれ?ここは・・・医務室?」

「そうだよ、僕が運んだんだ。」

 我先に、と宗世が言う。 負けじと朔も声をかける。

「真っ白な顔で運ばれて来たから、死んじゃったかと思ってびっくりしたよ。服も大変なことになってるし」

「せ、先生?!あ、ええと、その、すみません。‥ちょっと体調が悪くて・・・」

 自分を覗き込んでくる顔に驚き、目が泳ぐ。宗世に視線が止まった。気まずい、助けて!と訴えたつもりが、伝わるはずもなく。

「ユズ、僕はこれからここの城主に会ってくるから、君はその間ぐっすり眠って癒すといいよ。‥終わったら迎えに来るから」

「・・・私も行く。」

「だーめ。さっき倒れたのは誰?・・・いいから、ここで寝てなさい。いいね?」

 宗世が頭を撫でた。ちくしょう、こいつ、私を幾つだと思っているんだ?けれど、きっと宗世は折れてはくれないだろう。

「・・・分かった。」

 溜息交じりにそう言った楪の視界の端で、朔が動いた。

「宗世君、だっけ?俺は楪さんの治療にあたるから、心配しなくてもいい。君は心置きなく行ってくるといいよ」

 少し、棘のある言い方。 

「・・・治療、だって?治療なら先ほど僕も試みたが、まるで効果はなかったよ。君もするだけ無駄じゃないのかな?」

「そうなの?俺の治療はしっかり効いたよ?俺の方が相性がよかったんじゃないのかな」

 宣戦布告。楪を狙う者同志の。宗世はそう、捉えざるを得ない。

「はは、それは偶然だろう。ユズと僕はもう 10 年来の仲で、ユズも僕に懐いてくれているし、剣の稽古だけじゃなくファーストキスの相手だって

「宗世」

 布団の中から酷く機嫌の悪い声がした。

「うるさい。行くなら早く行って」

 楪の気持ちとしては、早く行って早く帰ってきてほしかった。伝わらないのは分かっていても。

 そんな様子を眺めていた朔が、ぷっと吹き出した。

「な、何だよ」

 もう一度、楪の声がした。

「ふ た り と も 出 て 行 け 」

 

2014 February 3 芹沢アツキ


トップ  戻る  次へ