兎が海に溺るるが如く

第14話 少しだけの和解

 

 

 楪が目を覚ましたのは、夕暮れ時。

 オレンジ色の明かりがカーテンの隙間から差し込んでいた。

「おはよう。気分は?」

 思いがけない声に、楪の心臓は跳ねた。そんな様子を見て、朔は笑った。

「びっくりした?ごめんね、でもこうした方が君の回復が早いかと思って」

 右手にぬくもりを感じる。朔の手が重ねられているのだ。

「あ、あの、その・・・宗世は?」

「まだ戻ってこないよ。」

「そうですか・・・」

 普段はうっとおしい宗世も、今はいて欲しい。朔と 2 人きりは気まずい。

 一向に自分の方を見ようとしない楪に、朔は再び笑った。

「そんなに警戒しなくても、何もしないよ?」

 朔には楪のぎこちない所作の理由など、お見通しだった。

「ほら、ちょっとはこっちに顔向けてよ。それとも俺、嫌われた?」

「そ、そんなことはないですけど・・・」

 ゆっくりと楪は朔の方を向いたが、目が合った途端朔がニコッと笑ったので、再び恥ずかしくなって、元通り反対側を向いてしまった。

「ちょっと、駄目。今私、先生にどんな顔をしたらいいか、分からないので」

 龍族の麗人。少し釣り上がった目と薄い唇は猫のように野生味を帯びていて、見ているとドキドキする。輝く髪の色に、瞳の色は、まるで光の粒が辺りに舞っているよう。

 楪はそんな人物に、愛の告白を受けた。もちろん、夢にも思わなかったことだ。

 この人は、私のことを異性として見ている。好いている。しかし自分はそんな事気付かず、抱きしめて慰めてもらったり、一緒にご飯を食べたり、隣に座ったり、同じ布団で夜を明かしてしまったり。

 黒歴史を思い出した時に人が取るとされている一般的な行動と同じように、あれから毎夜、楪も布団に顔を埋めて足をバタバタさせていた。

 ごめんねと、朔がぽつりと洩らした。

「君を困らせたいわけじゃなかったんだ。こういう風に、ギクシャクしたかったわけでもない。」

 分かっていますと、今度は楪が洩らした。

「すみません、気付かなくて。・・・いや、その、正直言うと今も信じられないんですけど。・・・あの、冗談じゃないです・・・よね?」

「本気。めちゃ本気。君のことが凄く好き。・・・すっっごい好き」

 何でこんなに率直に言うのだろう、と疑問を抱きつつ、よくよく考えてみれば、これまでに何度もストレートに気持ちをぶつけられていたような気もする。大歓迎とか、可愛いとか、貰っていいか、とか。・・・過去を振り返れば振り返るほど、楪は自分がいかに愚鈍であったか思い知らされるのだが。

「でも、焦って答えを出してほしいわけじゃない。ゆずが納得出来るまで考えるのが、俺は一番大切だと思ってる」

「けど先生の今までの感じからして、簡単には引いてくれそうにないじゃないですか」

「当たり前!だってゆずのこと好きだもん。俺としては、ゆずも俺のことを好きになって、『好きです』、『私も好きです』、わ〜いハッピーエンド、ってのが理想」

「・・・なんでそこで裏声を使うんですか」

「あれ?面白くなかった?」

 きょとんとする朔の様子を見ていたら、楪は堪え切れなくなり、とうとう噴き出した。笑う様子を見て、朔も満足そうに微笑んだ。

「ま、あれこれ考える前に俺は君の主治医でもあるんで、体調が悪い時は遠慮せず申し出てね。通信もちゃんと出ること!」

「ふ・・・わかりました、ふふ」

「はい、よろしい」

 そう言って、朔は油断している楪の頬にキスを落とした。

「んな・・・!」

「俺、攻めるから。何もしないで君の心変わりを待つなんて性に合わない」

 意地悪そうに、ニヤリと笑った。そして、その後ろには般若の形相の宗世が立っていた。

 

2014 February 9 芹沢アツキ


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