兎が海に溺るるが如く

第18話 凶報

 

 

 原因は、ある日突然もたらされた報。

 

 蘭国瑠州、第1区。その北に位置する檀州第6区。そこに、儡国が奇襲してきたのだという。これまでは合成獣だけの侵入だったが、今度は多数の人間の兵士も戦闘要員としてなだれ込んでいるらしい。

 その知らせが焔州を駆け巡る中、楪は指令状を拝受し、担当であるベルに連れられ戦場へと向かった。

「ユズ」

「はい」

「あなたはこういった人族同士の戦争は初めてでしたね」

「はい、ファタ=ヘクセと 6 年前の双子宮戦争以外は小さなものでしたし」 

「今回の任務は単なる闘争ならまだしも、報告にあった合成獣等、国際法に大きく触れるものです。あなたにも勉強になる事が多いでしょう。後学のためにもしっかり見届けておきなさい」

「はい」

 ベルは魔族の中でも「蛟(こう)」という珍しい種族だった。ミスティック創設当初からのメンバーであり、隊長を補佐する参謀でもある。

 彼との面識はもちろんあるが、寡黙な彼の性格もあってか、楪はあまり会話を交わした事はなかった。

 ロンやエム、クリス、青嵐など、ミスティックにはある種の性格破綻者が多い一方で、彼は実直で努力家、仕事熱心であり、模範とするべき数少ない人格者であった。

 そんな性格は彼の血筋ゆえかもしれないが、楪も尊敬の念を抱いていた。

 空から見える光景は、まず、蘭国軍が綺麗な陣形を描き戦闘を行っている様子。対して儡国は陣形など皆無、皆バラバラに横に広がっていた。

 儡国は合成獣の存在を隠さず、堂々と戦闘に投入していた。その威力のせいか、儡国は蘭国に押されつつも、しっかりと蘭国軍をえぐっていた。

「あの国旗‥」

 あちらこちらに掲げられた儡国旗の異様さに、楪が呟いた。

「王は既に殺されたようですね」

 国旗の右半分が、黒く塗りつぶされていた。ただの反乱なら、斜めの線をいれるだけである。が、それを塗りつぶしたとなると、王の誅殺を表す。

「さて、ユズ。まずは何をすべきでしょう?」

「えっ?あ、はい。うーんと・・・」

少し考える。

「大きくわけて、2つ。1つは戦争の早期終結。2つは合成獣の始末。」

 将校を拿捕し、指揮系統を麻痺させる。蘭国軍には手に余る合成獣を倒しつつ、サンプリングする。そして、外部への汚染拡大、残存兵の脱走を防止するため包囲網を張る。

「まあ合格としましょうか」

 飛んできた矢を払いながら、ベルが答えた。

「蘭国軍が既に包囲網を張っていますが、それだけでは不十分です。私の方でさらに 2 重の網をしかけましょう。あなたはその間、合成獣の各個撃破とサンプルの採取を行ってください。もちろん敵軍兵士の生死もあなたに任せます」

「サンプルの基準はどうしますか?」

 空中を旋回した。ここから目視できる範囲では、 10 名の敵兵に 1 体の合成獣くらいの割合だ。この密度だと、戦線全てではおびただしい数が投入されているだろう。

「・・・これだけいますから、ランダムで構いません。 2 〜 30 体といったところであなたにお任せしましょう。」

 ベルはまず M 機関の介入を告げるために蘭国軍本陣へ、そして楪はそのまま地上へと降り立った。

 合成獣は楪の前では取り立てて強くもなく、倒すことに大した苦労はしなかったが、楪の行動を妨害しようとする敵軍の攻撃に幾分か疲弊させられた。もちろん、物理的ではない。精神的に、だ。

 ベルから問われた時、最初に自分で答えたように将校の拿捕は必要だと思っていた。しかしいちいち捕らえる余裕なんてなく、まぁ前線に送られているような将校なんて所詮捨て駒だろう、というところで慈悲の心は置いてきた。自身に防護壁を張っていることもあり、最初は敵軍の攻撃を気にせず放置していたが、だんだんとイライラしてきてしまい、最終的には攻撃を仕掛けてきた兵士に対してはそれ相応の報いを受けさせた。

 

 南北 30 キロに渡った前線は、楪たちの介入からものの 1 時間で壊滅した。前線にいた殆どの将校と全ての合成獣は楪により殺され、捕らえられ、後ろに控えていた兵士は脱走する者と無条件に降伏するものに分かれた。

 もちろん、脱走した兵士は蘭国軍の包囲網に引っかかり、運よく逃げおおせた者もベルの包囲に確実に捕まった。

 

 次に二人は、儡国の王宮へ向かった。

 王宮は前線から 100 キロ程離れた所にあった。儡国自体がほんの小さな国家であるから、たったそれだけの距離しかなかった。

 王宮は丘ほどの巨大な鉱石の塊を削って作られており、玉座へと続く 108 段の階段も、1つの鉱石で出来ていた。

 楪とベルはその前に降り立つ。周囲にばらけていた兵士が、一斉に緊張感を持ち詰め寄った。

「我々はガイア M 機関、ミスティック部隊の者です。武器を捨て、降伏するなら手は出さないと約束しましょう」

「そんな約束、どうせ反古にされて終わりだろう!信じるものか!」

 ベルがくすりと笑った。いつもなら、険しい顔の中に優しさが見えるのだが、この時ばかりは冷ややかなものしか垣間見えなかった。

「そうですね、あなた方も合成獣の開発をはじめとする、一連の国際法違反事項に関わっていたのなら、ただでは済みませんね。」

 ベルの狙いが逆上させることであったなら、それは効果抜群であった。血を滾らせて迫りかかって来る兵士達に、彼は冷たく言い放った。

「ですが、『それ』が正しい選択でしょうか?」

 左手に絡ませた鎖を垂らし、腕を軽く振った。鎖がゆるやかな弧を描いたと思った瞬間には、ベルと楪の一番近くに迫っていた兵士の波が数段、削られていた。

 血と肉のシャワーが、生き残った兵士の体を染める。

 楪が積極的に攻撃するベルを見たのは、初めてだった。なかなかにエグい武器じゃないか。

「ゆず、首謀者をまずは捕えましょう。」

 儡国の兵士など、体にたかる蚊か蝿か。

「はい。」

「あなたも分かっている事でしょう。憐憫の念は戦闘において無用です。そうする事が、犠牲を減らす事にも繋がります」

 そういう意味でびっくりしたのではないのだけど。・・・その言葉は頭の中だけにしまっておいた。

「はい」

 階段を上る最中も、彼等の攻撃はあった。しかし、それは大した問題ではなかった。向かってくるなら手折るだけ。ただそれだけだ。

 頂上まで上ると、まだ何十人かの人間が残っていた。合成獣もいたが、それらは全て倒され、ドロドロに溶けていた。

 王座には首のない死体が座っていたが、それは反乱軍によって誅殺された王の亡骸だろう。

「お待ちしておりました」

 奥の間に通じる通路には、3人、漆黒の制服を来た者が道を塞いでいた。太腿まである制服の裾を翻しこちらを向いた顔には、白い面がつけられていた。 2 人のミスティックに対し、右手を左胸にあて、彼等は敬礼した。

「ご苦労でした。」

 ベルと楪も、同じ敬礼を返す。

 彼等は M 機関、ソードの者。マスクの模様から判断するに、彼等は「クイーン」とその部下であろう。漆黒の制服とは、 M 機関ワンドの制服だ。

「抵抗はやめて、おとなしくしていなさい。‥苦しい思いをしたくないのなら」

 「ちくしょう」という、ありがちな逆切れの言葉を吐きながら、数人の男が武器を手に向かってきた。しかし、残念ながら彼らの願いは何一つ叶わないだろう。

「ユズ」

 面倒臭そうなベルに促され、楪は引き金を引いた。弾を頭に打ち込まれ、男たちはあっけなくその場に倒れた。「殺してませんのでご安心を」と、楪が付け加えるほどの見事な昏倒っぷりだった。

 

 直ちに蘭国軍陣営へ連行し、軽い尋問を行う。全てベルが担当し、楪はそれを見学していた。蘭国の高官たちには口を挟む権利を与えず、 M 機関による尋問の場に同席することだけは許した。

「お前が儡国民を煽動した首謀者、ソンジ・ビエラーですね」

「俺の名も天下のミスティック様にまで轟く程か。そりゃ嬉しい事だね」

 肯定。

「儡国国王、李景仰を殺害、研究者モール・ワースを行使し、合成獣の開発を推進した責任者もお前ですね」

「俺様の偉業まで調査済みとは、嬉しいねぇ!」

 肯定。

「合成獣による蘭国への不法侵入、数々の違法行為もお前の指示ですね」

 男はこちらをばかにしたように、大きな口をあけて下品に笑った。

「そんなの当たり前じゃねぇか!俺様以外に誰が出来るって言うんだよ!ぁあ?!」

 肯定、か。

 敢えて口を出すことではなかったが、開き直り、全ての容疑を認めているその態度はこちらの神経を逆撫でしようとしているようだ。なんというチンピラ魂なのだろうか。ある意味尊敬する。

「おいおいミスティックのお嬢さんよぉ!ま、見た目だけで中身はババァか?何楽しそうに見てんだよゴラァ!」

 目が合っただけでつっかかってくるとは、まさに生粋のチンピラだったのか、なんて。

「‥最後に。全ての技術を教え、お前が『こう』なるよう導いたのは、革命家ゼフォン=バルツェルですね?」

 ゼフォン?

 楪は耳を疑った。

「あのお方は俺たちを新しい次元に引き上げて下さった。てめぇ、神を呼び捨てにすんじゃねぇよ!」

「ゼフォンは数ヶ月前、蘭国及び儡国にて目撃されています。あなたはその時何を話したんですか?」

「ちょ、ちょっと、ベル、ちょっと待って。」

「ユズ。あなたは黙っていなさい」

「ベルがどうしてゼフォンの名を?」

 楪は動揺していた。ゼフォンが革命家として活動しているなど知らなかったからだ。しかも、その彼の行動をベル、つまり M 機関が監視していたことも知らない。

 ゼフォンは表舞台には決して立たず影から他人を煽り、まるでその者だけが考え、行動を起こしたかのように見せる。楪が彼のことを知ったのも、本当に偶然だった。それをなぜ。

「落ち着いて、黙っていなさい」

 ベルは、楪の目を見て、一言一言を丁寧に、言い聞かせるように繰り返した。

 周りを見渡すと、蘭国の軍人たちは楪を見て驚きの表情をしていた。ああ、そうか。楪は気付く。カッとなり、瞳の色が紅く変化してしまったからだろう。深く深呼吸し、瞳の色を通常の青に戻そうとする、が、この何も分からない状況で、落ち着くなどできるはずがない。

「無理。答えて。どうしてあなたがゼフォンの名を・・・

 悪意が詰まった笑い声が聞こえた。ソンジ・ビエラーだ。彼は楪を見ている。

「その紅い目・・・お前、もしかして『楪』か?」

「・・・だったら何だ」

 楪が振り向くと、ソンジはニタっと笑い、楪を嘗め回すようにじろじろと観察する。

「ソンジ。私の問い以外には喋ることを許していない」

 ベルの忠言を、ソンジが聞くわけがない。

「我らが神、ゼフォン様より貴様に言づてがある」

「やめなさい。ユズも聞いてはならない」

 楪の瞳は、再び赤く燃え出した。脈が段々と速くなる。

『お前は俺のもの、俺の愛玩だ。主人である俺を殺せるわけがない。』

「ユズ。楪・シセ!聞いてはならない!」

『再びあの日のように俺が−−−

「楪!!」

ベルは楪の左腕を掴んだが、時既に遅し。自由な右手がソンジを力任せに殴っていた。天幕を盛大に破り、吹き飛ばされたソンジに、楪は更に銃口を向ける。

「楪!!落ち着きなさい!」

 殺す。殺してやる。殺してやる!

「楪!!」

 ベルは楪の腕を掴む手に、ひときわ強い力を込めた。

「あなたとゼフォンに何らかの因縁がある事は知っています。しかし今回の事はそれとは関係ありません」

―関係ない?わざわざ、私を呼びつけておいて?

 かぁっと血が昇る。

「勝手に招集をかけておいて関係がないって、随分酷いんじゃありません?無関係なんだったら、他の隊員に頼めばよかったじゃない!」

「残念ながら私の権限で決められるものではありません。‥‥落ち着きなさい。・・・楪。」

「・・・・・・・・・・っ」

 一度上がった呼吸は、すぐには直らなかった。洗い息遣いのままではあったが、楪は倒れたまま動かないソンジに言い放つ。

「残念だったわね、『我らが神、ゼフォン様』はもうじき私に殺されるのよ。」

 こんどこそ、覚悟はできている。

「すみません、顔を洗ってきます。‥手を」

「あぁ、失礼。」

 楪が自分であけた穴から出て行ってから、ベルは小さな溜息をついてから、蘭国の高官の方を向いた。

「見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、何も問題はありません。」

 楪の生まれは、神聖語圏。メシュティアリカの元でも基本は神聖語で育てられ、ルーもエムも神聖語を喋った。楪は話す相手に合わせて言語を変えられるほどの言語知識を有してはいるが、感情が高ぶるとつい慣れ親しんだ神聖語が出てしまう。

 今回の暴言も、神聖語。ベル以外の者には、楪が何と言ったのか分かった者は皆無だったことだろう。

 

* * *

 

 近くを川が流れていた。

 楪は膝をつき、水をすくう。そこに顔をつけた。

 手のひらにあった水が雫となってすべて零れ落ちるまで待ってから、楪は顔を上げた。

 

 まさかこんな所でゼフォンの名を聞くなど、楪は思いもしなかった。酷く動揺した。

 もちろん、楪だってゼフォンの事は調べていた。ゼフォン・バルツェル。生まれはガイア、アチュアン。外見は 20 代。赤い髪とヘイゼル色の瞳を持ち、身長は 180 前後。読書を趣味とする。

 ‥が、それは実際に楪があの男に聞いた事、見た事でしかない。ファタ=ヘクセの事件、つまり楪の故郷が舞台となった史上最悪の魔女狩りの提案者であった事すら、公には知られていない。きっと M 機関も知らない。と、楪は思っていた。

 どこのどの書籍にも雑誌にも新聞にも、ゼフォンの事は記されていなかった。それは単に無名なだけかと思っていたのに、それが、『革命家』であるとは。そして、ベルの口から当たり前に出て来るとは、完全に「晴天の霹靂」であった。

 

「ユズ」

 しばらくしてから、ベルが様子を見に来た。

「少しは落ち着きましたか」

「‥さっきはすみませんでした。」

 重要参考人を殺しかけ、混乱を招き、天幕を破いた事は、悪いとは思う。だが、心から謝ろうという気持ちはなかった。

 自分だって、ゼフォンの事を隠していたじゃないか。そう、言いたかった。

「資料なんて、前科の情報すらどこにもなかった。どうして当たり前のように知っているの。『革命家』という肩書きがあること自体、私は知らなかったのに。」

「…この事は、 M 機関の中でも知っている者はそういません。私と隊長、あとはルーが知っていたかな」

「ルーが?」

 『ルー』。チェスクッティ・ネルリ・リールー、通称『ルー』。

「彼女もアリカ殿の養子でしたから。きっと彼女から聞いてはいたことでしょう」

 楪がアリカに引き取られる数百年前に、ルーは彼女の養女として育てられていた。楪よりも、義母といた時間は長い。

 そして、彼女亡き後、楪はルーに引き取られた。

「ゼフォンは元々、アリカ殿が危険視していました。 M 機関が創設された頃より、彼はどうやら暗躍していたみたいですから」

「そんなに昔から危険な存在だった者が、どうして今まで語り継がれていないのですか?」

「‥彼はどうやら、巧みに人々を操る術を持っていたようです。名だたる犯罪者を影からそそのかし、その姿を大きくする事で、自分の身を隠していたのでしょう。‥実際、私も隊長もアリカ殿から聞かされるまではその存在に気付かなかったのですから」

「…義母様はどうやって知ったの?」

 しかし彼は、首を横に振る。「知らない」と。

「ユズ、あなたとゼフォンとの関係は知りません。そこまでは立ち入りません。しかし、覚悟はしておきなさい」

「…何の覚悟ですか」

 恐る恐る、聞く。

「先日まで私はオキアに行っていました。そこでは国が3つ、時を同じくして滅びました。‥3つの国全て、影の首謀者として浮かび上がった者は同じ男でした。」

 『ゼフォン』。そこまで言われれば、簡単に察しがつく。

「ゼフォン・バルツェルの名は、これからはより頻繁に耳に入ってくることでしょう。ですが、先ほどのように、自らを見失うことのなきように。あなたはミスティックです。平静を失っては本分を全うできませんよ」

「・・・了解しました。」

 

2014 February 10 芹沢アツキ


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